ワタベウェディングの渡部隆夫社長
[画像のクリックで拡大表示]

 総合結婚式サービス大手のワタベウェディングは、2006年度下期から順次、経営管理手法「アメーバ経営」を進化させている。同社は店舗や式場、海外工場の経営管理に同手法を1990年代半ばから採用してきたが、この十数年で会社が急成長して事業内容が複雑化したため、手法そのものの見直しが必要となった。

 渡部隆夫社長の肝入りで93年に導入したアメーバ経営手法は、京セラ創業者の稲盛和夫氏が京セラのために考案したもの。京セラのコンサルティング子会社がグループ外企業への導入事業を手がけており、ワタベウェディングはその第1号事例だ。

 経営陣は、現在100以上ある「アメーバ」という小集団のチームリーダーに経営意識を根付かせるという点で、同手法に大きな手応えを感じている。どのリーダーも自分が担当するアメーバの売り上げを最大にし、経費を最小にする努力を惜しまない。アメーバ間の競争意識も高い。

 ただしこの十数年のうちに手法自体が目的化し、手法を導入するに至った企業理念が形がい化してきた。その結果、一つひとつのアメーバが部分最適に走りすぎ、顧客満足の向上に反する事象が顕在化してきた。顧客に最高の満足と感動を提供することが、同社の企業理念なのに、である。また、社員が増えて各アメーバの人員数に大きなばらつきが出るなど、アメーバ間の競争条件に不公平さが目立つようになり、不満を抱える者も出てきた。

アメーバ間の競争条件を公平に

 今回の一番大きな改善点は、アメーバの管理単位を変更し、競争条件をできるだけ公平にしたことだ。従来は1つの店舗や式場を1アメーバとして管理していた。かつてはどのアメーバも人員数や提供できるサービスの品ぞろえに大きな差はなかった。現在は3人の店舗もあれば、50人を超す店舗もある。集客力や家賃などの立地条件にも大きなばらつきが出ている。

 同社は50以上の直営店舗を持つが、店舗間で「時間当たり採算」と呼ぶ指標の大小を競わせてきた。優秀な店舗は、賞与が平均よりも最大で20%高くなる。時間当たり採算は、売り上げから経費を引き算して、さらに労働時間で割り算した値である。

 そこで2006年度下期から、「1アメーバ=6~7人程度」を基準に、人員数の多い店舗は複数のアメーバに分割し、少ない店舗は2~3つで1つのアメーバとみなすようにした。さらに、すべてのアメーバを横並びで競わせるのではなく、挙式やドレス販売、写真サービスなど提供サービスのラインナップと立地条件が似たアメーバ同士を競わせる体制に変えた。

 また、アメーバリーダーが毎月作る採算管理表の運用方法も見直し、従来よりもゆとりをもってきめ細かな接客ができるようにした。

 主な変更点は次の3点だ。
(1)売り上げは利用月と受注月の両方に計上
(2)他部門から人員を一時的に借りても経費はゼロ
(3)旅行代理店経由で来店する顧客が海外の直営式場でオプションを購入したら、国内店舗にも売り上げを計上


上田勝巳常務と国内店舗。上田常務は、買収した大型結婚式場「目黒雅叙園」の副社長を兼務する
[画像のクリックで拡大表示]

 「従来は財務会計のように堅苦しく考えていたが、アメーバ経営はあくまで管理会計手法。今後は顧客満足と社員の士気向上を優先し、柔軟に運用する」と上田勝巳常務は明言する。

 従来は店舗や式場で顧客が結婚式サービスを申し込んでも、売り上げは式を挙げる月に計上していた。だが結婚式は春と秋に集中するので、採算管理表に記載する月間売上高に大きなばらつきが出る。閑散期は営業努力が弱まり、必要な備品を購入しないなど安易な経費削減策に走るアメーバが出てきやすい。そこで(1)だ。これでいつでも積極的に受注を取ろうという意欲が高まり、年間を通した業務量の平準化が期待でき、ゆとりを持った接客につながる。

 もちろん業務の平準化には限度があり、曜日やキャンペーンの有無によっても来客数は大幅に変動しがち。これまでは来客が集中するときはアルバイトを雇うのが一般的だった。しかし、経費の上昇を恐れてアルバイトの補充をためらうアメーバもあった。本社など他部門の人員を借りてもよかったが1時間2000円の経費を採算管理表に計上する規定があったので、借りづらかった。そこで(2)である。

 ワタベウェディングは多数の旅行代理店と提携し、ハネムーンツアー向けにドレス付きの結婚式パッケージを提供している。このドレスを選ぶために、顧客に1度はワタベウェディングの店舗や式場に来てもらう。ところが「こうした顧客は旅行にお金をかけても挙式は簡素に済ませたいはず」と思いこみ、ブーケや写真などを豪華にする数々のオプションを積極的には提案しない店舗が目立った。あるいは提案しても即決してもらえず、海外式場に着いてから決断されるケースが多かった。従来はこのケースでは国内店舗に売り上げは計上されなかった。そこで(3)の規定を導入し、提案営業の活性化を狙った。

上海工場の独自アメーバをベトナムへ移植


上海工場やベトナム工場に独自アメーバ経営手法を導入した島崎昌彦常務。写真左上は上海工場
[画像のクリックで拡大表示]

 実はワタベウェディングは、海外工場では店舗や式場とは異なるアメーバ経営手法を適用してきている。中国・上海にあるドレスやタキシードなどを作る計4つの工場では10人単位のセル生産方式を採用し、1つのセルを1つのアメーバと見なして互いに生産性を競わせているのだ。

 上海工場内のアメーバには、時間当たり採算の向上を求めない。その代わり、常時120デザイン以上あるドレス個々の標準生産時間を、日本の経営企画部門が規定。併せて1アメーバの月間標準労働時間を1600時間(=10人×8時間×20日)と定めた。こうして、例えば標準生産時間20時間のドレスを月に100着作れば、2000時間分の働きをしたとして高く評価し、400時間(=2000時間-1600時間)分のボーナスを支給する。

 「中国の人は、半年後のボーナスよりも、今日やった成果には明日報いてもらいたがる。アメーバに配布されたボーナスをリーダーがメンバーに分配することで、リーダーの求心力が高まるメリットもある」と島崎昌彦常務は言う。

 上海工場ではこの指標をグラフにして延々と壁に張り付けている。ボーナスの出る1600時間という基準に到達したかどうかを一目で分かるようにしたほうが、現場の士気は高まるからだ。「上海の他社の工場と比べて当社の工場は離職率が低い。ドレス作りは熟練が作業効率に一番効くので、離職率が低いことの意義は大きい」(島崎常務)

 ワタベウェディングは2006年11月に、ベトナム工場を立ち上げた。当初の達成目標は1300時間程度としたが、すでに10チームあるアメーバのすべてがこの目標値をクリアしたという。