新薬の効能や副作用などを調べる前臨床試験の受託を主に手がける新日本科学。同社は、2004年の上場を前に、「理念の浸透」にまい進して来た。心理学手法の導入によるチームワークの強化や、気づきの機会を増やすための日記の奨励、週次の目標管理、月次の理念実践報告などを次々と導入。急成長が続くなかで、中途退社率低下などに効果が表れているという。

新人社員向け研修風景(左)。
新人社員向け研修風景(左)。新日本科学の永田良一社長(右)

 「トップスターの社員を作ろうとは思ってない。目に見えないところ、目立たないところが大事にされるような求心力のある組織を作る。内部統制がしっかりした企業を作ることを念頭に人事制度を作り上げてきた」

 「理念経営」をテーマにした講演をベンチャー経営者の交流会や東京証券取引所などで数多くこなしている新日本科学の永田良一社長は、同社の人事制度の狙いをこう語る。

 2004年3月に東証マザーズに上場した新日本科学はパートも含めた従業員数が1500人弱、2006年3月期の連結売上高が138億円の中堅企業だ。2005年3月期に台風3個が試験施設を直撃した影響で営業赤字に陥るアクシデントもあったが、ここ4年間に年平均16.4%と売上高を伸ばしている。

 同社の主な事業は新薬の効能や副作用を調べるための動物を使った前臨床試験など。人命にかかわる実験を行うため、厚生労働省や米国食品医薬品局から試験施設への査察を毎年受けている。

●新日本科学が2001年に着手した人事制度改革の概要と会社規模の推移
●新日本科学が2001年に着手した人事制度改革の概要と会社規模の推移
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アメーバ経営が理念教育強化の引き金に

 永田社長は、医師免許を取得し、鹿児島大学大学院医学研究科で研究に従事するなどした後、実家が1957年に興した同社を91年に継いだ。

 鹿児島県出身の永田社長は、鹿児島大学出身で京セラ名誉会長の稲盛和夫氏を尊敬している。そして京セラの経営手法であるアメーバ経営を98年ごろ取り入れてみた。小集団であるアメーバのリーダーが毎月業績の数字を発表してレビューを受けるといった仕組みを回した。

 その結果、同社に足りなかったものが見えてきた。「アメーバ経営を実践してみて良かったのは現場に財務のセンスが身についたこと。経費のコントロールや利益などについて、しっかりした考え方を持つようになった」(永田社長)。だがその一方、社内の別々な組織が顧客を奪い合ったり、数字さえ上がっていれば勉強しなくてもいいといった誤解をする社員も出てきた。この時に、永田社長は、現場のモラルについて危機感を抱いたという。厚生労働省の査察を受ける業態だけに、現場のモラルダウンは企業としての存続にもかかわる。

 そこで永田社長は2001年に人事制度の大幅な刷新に着手した。その中心になるのが「会社は学校だ」というメッセージだ。特に入社5年以内の若手社員の教育を徹底することを宣言した。

 この時に永田社長の関心をひきつけたのが、心理学を応用した人事コンサルティングを手がけるインタービジョン(東京・中央)の「FFS理論」というチーム編成手法だった。

違ったタイプの人が共に働くのが組織だ

 FFS理論では、人間を以下のタイプに分類する。外部の状況に敏感で変換を好む「タグボート型」、自分の価値観にこだわりつつ、変化を好む「リーダーシップ型」、外部の状況に敏感で、保守的な「マネジメント型」、自分の価値観にこだわり、保守的な「アンカー型」―の4つだ。

 現場が自主的にチームの仲間を作ると、同じタイプ同士で集う傾向があるが、心理テストによって異質なタイプをそろえたチームを編成することで組織の生産性を高めることができる、というのがFFS理論の骨子だ。

 永田社長はさっそく全社員にテストを受けさせた。さらに、FFS理論を変革チームの編成に応用してみた。新しい人事制度を提案させる目的で7人のチームを編成して、半年間ほど活動させたのだ。そのチーム活動は3カ月ほどすると議論がまとまらず堂々巡りになってきた。だが空中分解の危機に瀕した時、普段は控えめだった女性メンバーが突如リーダーシップを発揮して、女性の人材活用を軸にした提案にまとめていった。もちろん、その提案内容を永田社長は採用した。

弱点を補いあうことの大切さを教える

 それ以来、永田社長は毎年、新入社員と中途入社社員には必ずこの分析を受けてもらい、お互いがタイプを知って弱点を補うことの大切さを教えている。

 配属や人事異動などでも、なるべく異なるタイプがそろうように配慮しているという。「FFSがあてはめたタイプが絶対正しいとは言い切れないが、異質なタイプを意識的に混ぜる組織作りによって、課題にぶつかっても粘り強く取り組む傾向が出てきた」(永田社長)と効果を認めている。

 FFSをベースに変革チーム活動を興したのは2001年限りだが、翌年の2002年以降は、機能横断的な若手のチーム活動は「XUP」という制度で継続させた。拠点や年次ごとに毎年15チーム程度を編成し改善に取り組む。活動目標は、経費節減、会社のブランド向上、採用力強化などだ。

 チームリーダーは社内公募で選び、9月からスタート。翌年7月に成果発表会を行う。永田社長はメーリングリストや、途中の合宿研修などでチームを観察し、自律的に頑張ったリーダーには海外研修旅行のご褒美を与えるなどしている。

気づきの機会を大幅に増やす

 さらに、2001年からインタービジョンの開発した「4行日記」を全社員に奨励した。これは、「事実・気づき・教訓・宣言」を1行ずつ書き出して、その日の出来事を振り返る習慣を持とうというもの。内容は仕事に直結していなくても構わない。毎日何か上司に提出してもらうことで、前向きなコミュニケーションを活性化させ、気づきの機会を増やそうという狙いだ。強制はしていないが部門ごとに実践率を競わせた結果、9割の社員が実践中という。内定者にも4行日記を教える。内定直後の秋から入社までに4~5年目の先輩社員に対して30本提出してもらっている。

 永田社長自身は幹部社員から社長あてに提出される4行日記を1日の終わりに必ず目を通し、現場が気づいてほしいことを200~300字でつづった「経営者マインド研修」という電子メールを全社に配信する。メールを配信するのはいつも夜中の1~2時だが、「理念を浸透させるには気づきのきっかけをいかに増やすかが大事だ」と永田社長は、配信を1日も欠かしたことはないという。

 同社は2003年にバランス・スコアカードを導入したが、さらに同年、永田社長の考案により、目標管理を週次で行う「WAP(ウイークリー・アクション・プラン=ワップ)」という制度も始めた。これは金曜日に部下が1週間の業務遂行結果と、来週の目標を上司に報告するもの。これも問題意識を上司と部下で共有するといったコミュニケーションを活性化させることが狙いだ。

●4行日記の例
●4行日記の例

理念こそが業績の先行指標

 2006年からは全社員に「理念実践ワークブック」という手帳を配布した。これは、「こころに理念樹を育てる」「人生の目標を設定する」「コミュニケーションスキルを磨く」「自律主体的に行動する」の4つのカテゴリーから成る28課題について、毎月、部下の自己評価と上司から見た評価を書き込んでもらい、半期に1度、社長あてに提出してもらうもの。

 この報告内容を永田社長が評価して、2007年4月の新年度からは、人事評価に組み込む。「業績と理念の評価の比重は半分ずつでちょうどいいと思っている。理念こそが業績の先行指標だ」と永田社長は語る。

 これらの効果がマネジメントの変化として表れて本当の意味で組織風土を変えるのは、新制度で育った若手社員が管理職になり始める2011年あたりからだと永田社長は考えている。

 2001年以来の若手社員向け研修を受けた社員は既に300人以上に達した。永田社長は現場の社員との昼食会で「若手社員の話し振りや目を見ていると、ロイヤルティー(忠誠度)が上がってきたと感じる」と手応えを感じるという。さらに、2001年当時に比べて社員の退職率も目に見えて下がっているという。

2007年度から人事評価に組み込む予定の「理念実践ワークブック」。現場が理念についてどう考え実践しているかを永田社長が確認する手段でもある
2007年度から人事評価に組み込む予定の「理念実践ワークブック」。現場が理念についてどう考え実践しているかを永田社長が確認する手段でもある