タカラトミーの川添陽子ベビーマーケティングチーム主任。「赤ちゃんけろっとスイッチ」は希望小売価格2310円
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 ぐずり泣く赤ちゃんを笑顔に変える音やメロディーを奏でる小さなぬいぐるみ。数年の開発期間を経てタカラトミーが2006年7月13日に発売した「赤ちゃんけろっとスイッチ」が、桁外れの大ヒット商品となっている。合併前のトミー時代から約10年間にわたりベビー玩具事業を手がけてきたが、従来なら10万個で大ヒット。今回は2007年3月末までに25万個を販売した。

 大ヒットの要因は、トミーの年次調査で母親の不満トップ2に毎年入り続けている「ぐずり泣き」に対処した初めての商品であり、徹底的に母親の身になって商品魅力の伝え方を考えて実践したことにある。テレビコマーシャルや雑誌広告は打たずに、口コミを起こす施策を次々と実行してきたのだ。口コミでじわりと火が付いた商品は、桁外れの大ヒットやロングランになりやすい。

 同商品のマーケティングを担当した川添陽子ベビーマーケティングチーム主任は、入社以来6年間ベビー玩具のマーケティング一筋。育児に奔走する母親の大半はネット活用度が高いと実感していた。忙しくて外出できないという理由で、そんな母親の7~8割がパソコンを所有するという調査結果もあった。「以前は育児誌が母親の情報源のほぼすべてだったけど、この3年くらいでガラっと変わり、コミュニティーサイトも重要になった」

 化粧品比較サイト「アットコスメ」のブームも、「女性は口コミ好きなはず」と考えていた川添主任の確信を深めさせた。ベネッセコーポレーションやユニ・チャームなど社外のマーケティング担当者との意見交換でも、口コミマーケティングが持つ可能性の高さへの手応えを感じた。

 しかし、インターネットで口コミ効果を積極的に狙うのは、大きなリスクと背中合わせである。やり方を間違うと悪い噂が一気に広がりかねない。一度広がった噂は、検索すればいつでも呼び出せる。また、テレビコマーシャル無しだと商品が認知すらされず、せっかくの宣伝費や営業費がムダになる恐れもある。細心の注意が必要だと考えた。

売りたい気持ちを抑え、「ありのまま」を発信

 川添主任はまず、ベネッセの「ウィメンズパーク」やユニ・チャームの「ベビータウン」など母親や女性向けの有力なコミュニティーサイトでアンケートを実施して、母親たちの育児関連情報の集め方を定性分析した。すると、次のようなことが浮かび上がった。


昨年9月のロイヤルベビー誕生時に都心で急きょ開催した商品の無償配布イベント。パブリシティー効果が大きかった
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 「ママたちは宣伝くさいことを嫌う。特にオピニオンリーダーはそう。メーカーが『効果ある』とうたっても信憑性がない。(赤ちゃんのぐずり泣きに効くという)せっかくの新機能も宣伝くさいと関心をひけないし、彼女たちに認知してもらわないと商品情報は広がらない」

 そこで川添主任が決断したのは、売りたい気持ちを抑えながら、商品のありのままの情報を地道に発信し続けることだ。他社との協業にも積極的に取り組み、母親が商品に自然と触れる機会を増やす。広告を集中投下して即座に販売に結びつけるやり方とは違って、商品がほとんど認知されない怖さはあるが、口コミが盛り上がる時期はコントロールできない。いわば、急がば回れ作戦だ。

 例えば、前述のような母親が多いコミュニティーサイトの参加者に計数十万通のメールマガジンを送り、商品の存在をさりげなく告知。また、紙媒体やインターネット媒体など多数の編集部に商品を貸し出し、ありのままの評価記事をたくさん書いてもらえるように仕向けた。

 協業戦略については、例えばTOHOシネマズが運営する映画館で子連れの母親向けに上映する特別な時間帯に、商品を無償で貸し出した。その背景には、TOHOシネマズのこの企画には流行に敏感なオピニオンリーダー的な母親が多い、という川添主任の判断がある。口コミを期待しやすいわけだ。「けろっとスイッチをTOHOシネマで見ました。スゴイいろいろやってるんですね~」などの反響があり、狙い通りだった。

 また、ショッピングセンターなどにあるスタジオアリスの写真撮影店「こども写真城スタジオアリス」の約90店でもけろっとスイッチを貸与し、近接する玩具ショップでの購入を促している。

 さらに、江崎グリコの子会社で食品会社のアイクレオと協業し、通常ラインナップとは異なるオリジナルキャラクターのけろっとスイッチ商品を作成。アイクレオの幼児向け食品などとセットで販売中だ。

 消費者と商品のリアルな接点を増やす協業作戦の重要性は日々高まっている。従来は地理的に井戸端会議とまりだった口コミの広がりが、いまは全国区に化けやすい。それゆえターゲットが好む出来事に即応できれば多大な効果を期待できる。

 川添主任には2006年9月6日のロイヤルベビー誕生時に一つの逸話がある。展示会で多忙を極めていた時期だったにもかかわらず、たった5日の準備期間で人脈を駆使して都内のいくつかの小売店でけろっとスイッチの無償配布イベントを開いたのだ。川添主任が店頭に立つ様子は多くのマスメディアで取り上げられ、インターネット上のニュースサイトでも話題になった。ブログや電子掲示板でけろっとスイッチの話題が増え始めたのもこのころからだという。