特金イノベーションを推進するメンバー。写真中央が谷口毅埼玉事業所長。
特金イノベーションを推進するメンバー。写真中央が谷口毅埼玉事業所長。
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 電子部品向けの延鋼板などを製造する特殊金属工業(東京・板橋)が2004年から取り組んでいる生産革新活動「特金イノベーション」が大きな成果を出し始めた。改善対象となった埼玉事業所の製品在庫を74%減らすなど、年間1億2000万円分の収益改善効果が出ている。

 特金イノベーションはトヨタ生産方式の考え方を基にした改善活動。同社は2004年7月から半年間、トヨタ自動車とリクルートが共同出資したOJTソリューションズ(名古屋市)からトヨタ生産方式の指導を受けた。その後、推進チームが中心となって独り立ちして、改善活動が現場に根付くように様々な取り組みを展開してきた。

 最初は、冷間圧延部門にある自動車のシートベルトに使う部品を製造する機械で改善活動に取り組んだ。生産量の増加を目的に作業解析を行った結果、段取り時間の短縮を目指した。これまで機械を停止させて行っていた業務を、作業手順の見直しなどで機械を止めずにできるように工夫した。これによって、段取り時間を平均30%短縮し生産量も月産19トン分増加した。

 これと並行して取り組んだのが、ノウハウの伝承である。機械に入力する条件は気温などによって微妙に変えなければならない。設定条件は熟練工の頭のなかにしかなく、1人前となるには5年はかかる。2人1組のチームで作業に取り組んでいたが、将来を考えると技能の伝承に不安がある。監督者が自らも作業していたため、部下の仕事を見られる体制になかった。「教えたくても、教えられる体制になかった」(谷口毅・取締役埼玉事業所長)と振り返る。2004年後半から「ライン外者」とよぶ監督に専念できる役割を新たに設置し、指導できる環境を整えてきた。圧延率の条件や注意事項をまとめてデータベースに蓄積して、熟練工の暗黙知を文書化してきた。

 今でこそ大きな効果が上げられているが、当初は改善活動に対して現場は否定的だった。「最初の3カ月間は何も変わらなかった」(谷口取締役)と振り返る。まず、谷口取締役は環境づくりから着手した。勤務シフトを変更して、早番が「8時~16時」、遅番が「13時~21時」と重なる時間を作った。シフトが重なる3時間を改善活動に専念する時間にした。従来のシフト体制では、作業者同士がすれ違うため課題の共有ができていなかったためである。

 だが、営業部門から反発が起きた。改善活動に時間を割いてしまうことで、生産量が10%落ちてしまうからである。現状でさえ需要に追いつかない状況だったのに生産量を減らすことに反対が起きたのだ。そこで谷口取締役は、「当初は10%減ってしまうが、6カ月後の2004年末には生産量を上げてみせるので待ってほしい」と頼み了承を得た。段取り時間の短縮など改善活動が進めば、生産量が増やせる自信があったのだ。改善活動が進んだ結果、2005年9月には月産400トンから430トンへと生産量を増やすことに成功した。

 加えて、現場には長年要望を出しても認めてもらえない過去があった。そのため、提案を出して改善しようという風土がなかった。そこで製造ラインの改革と並行して、新たに改善提案制度を作った。現場の要望に対して、議論の進ちょくを「見える化」した。具体的には、発案者が提案すると、生産技術や営業部門などの担当者約20人が集まって週1回開くイノベーション会議で議論する。各提案に対して、いつまでに誰が回答するのかを必ず決めた。会議の終了後に議事録にして、生産ライン近くに張り出している。

 「当初は提案が出なかったので、現場へヒアリングに向かい、改善チームが書き取って提案としたこともあった」と改善チームを率いる、特金イノベーション推進グループの泉本唯アシスタントマネジャーは振り返る。現場からの提案は2年半で330件集まり、そのうち277件が解決に至った。谷口取締役が目指すのは、2年後に改善チームの解体だ。「専任組織があると彼らに頼ってしまう。全職場に改善意識を根付かせたい」(谷口取締役)と意気込む。

■変更履歴
当初、第3段落の最後の文を「材料となるコイルの置き場を整理・整頓するなど『探すムダ』を減らすことで、段取り時間を(以下略)」としてありましたが、特殊金属工業からの申し入れにより、現在のように修正しました。また、下から3番目の段落で、当初の「月産400トンから419トンへ(以下略)」という記述を、「2005年9月には月産400トンから430トンへ(以下略)」と修正しました。 [2007/04/05 11:55]