配送現場で「改善リーダー」(左)と話し合う改善塾の「塾生」(右)。塾生は通常ほかの部署で働いているが、塾生の立場になると自分の担当現場である支援職場に対して、改善活動を「布教」していかなければならない
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 木材などを加工するための工業用刃物大手の兼房(カネフサ)が、トヨタ系のアイシン精機出身のコンサルタントから指導を受けながら、トヨタ流の改善活動を進めている。同社の最大の特徴は、改善活動を社内の各部署に広げる「社内伝道師」と、実際に現場で改善活動に取り組む「改善リーダー」を分けて育成していることだ。

 伝道師には、改善活動を生産現場だけでなく、営業や間接部門など全社のあらゆる部門に広げ、かつその活動を継続させていくための能力が求められる。その点に特化した社員教育を実施することで、将来の管理職候補者に「マネジメント能力」や「改善継続力」を身に付けてもらう。

 そうした改善の伝道師を養成するのが、カネフサが2005年5月から始めている「改善塾」である。改善塾に集められる塾生たちは、自分の所属部署とは全く違う「ほかの部署」の人たちに、「どうやって改善活動を開始・継続してもらうか」をテーマに、約1年間の修行を積む。社内で特に親しい間柄ではない他部署の改善リーダーや社員とゼロからコミュニケーションを取り始め、改善活動の目的ややり方を話し合い、改善活動を現場に「布教」していく。


貿易業務の事務処理現場で実際の改善活動に取り組む女性の「改善リーダー」。塾生による布教の範囲は、こうした事務部門など全部門が対象になっている
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 塾生が活動する1年間のうち、前半の半年は現場の「5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)」、後半の半年は作業の無駄取りを中心に、現場に布教していく。ただし、実際に改善活動に取り組むのは現場の「改善リーダー」たちだ。塾生にとって一番大事なポイントは、「塾生自身の考えややり方を現場に押し付けることなく、現場に主体的に改善に取り組んでもらう後押しに徹すること」(改善塾の1期生で、現在は改善塾の事務局を務める小倉典夫・経営品質係長)である。

 改善塾の塾長である冨田律男・取締役経営管理部長は「改善活動を広げていくプロセスが大切であり、その過程がひとづくりに生かされる」と考えている。現場の抵抗や「やらされ感」をいかに払しょくして、担当した現場である「支援職場」の改善活動を軌道に乗せるか、その経験が将来の管理職候補者の育成につながると、カネフサは考えている。塾生は支援職場を自分の「道場」として借りて、マネジメントの修行をしているわけだ。

 通常、企業が改善活動に着手する場合、伝道師と実際に改善をする人(改善リーダー)を同じ人が兼ねることが多いが、これだと改善活動が全社になかなか広がらなかったり、この人がほかの部署の改善活動に移ると、最初の現場では改善活動がストップしてしまう恐れがある。そこでカネフサは、改善活動の「拡大」と「継続」を強く意識して改善塾に取り組んでいる。

1年間は毎週半日、改善塾に拘束

 既に2年目を迎えた改善塾だが、初年度に当たる2005年度は1期生の10人が、伝道師の「認定」を受けて改善塾を巣立っていった。2006年度は2期生11人が修行の真っ最中である。1期生の時はカネフサにとって初めての改善塾だったため、先述のコンサルタントであるコンサルソーシング(名古屋市)の松井順一氏の指導を受けながら改善塾を運営していたが、2期生からは完全に自社運営に切り替えた。愛知県丹羽郡大口町にある本社工場にある合計10部門の各部門長が改善塾の「師範」になって、塾生の指導に当たっている。トヨタ流の具体的な手法についてのアドバイスは1期生が実施している。


塾生は、自分が担当した支援職場がどのように変わっていったのか、気持ちや行動の変化を克明に報告する
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 塾生になると、毎週半日は改善塾のために拘束され、通常業務から離れて布教に専念する。その間は同じ塾生たちと各現場を回って、お互いの布教活動について話し合ったり、自分が受け持つ支援職場でのコミュニケーションに時間を当てる。それだけの時間と費用を会社が認めて負担しているわけで、カネフサはそこまでしてでも、改善活動を全社に広げていく伝道師を毎年10人ほど育成していく計画だ。

 この取り組みで興味深いのは、塾生が臨む報告会だ。改善活動の報告会というと、通常は、どうやって現場の在庫を減らしたのかといった「手段とその結果」の報告が大半を占めることになるが、伝道師の報告は違う。自分が担当した支援職場がどのように変わっていったのか、その気持ちの変化やそこで交わされた様々な会話、現場の改善リーダーとのぶつかり合いなど、改善活動の「布教の軌跡」が報告される。実際に、どうやってどれだけの効果を出したのかを報告するのは、支援職場の改善リーダーの役目なのである。