多数のメディアで2006年ヒット商品ランキングに名を連ねた「エネループ」。この充電池のヒット要因は、大胆な発想の転換で、新たな顧客層を開拓できたことだ。エネループは、見た目も機能も充電池らしくない。宣伝方法も販売方法も従来製品とは一線を画した。部門横断型チームが関係各部の意識改革をぶれなく促した点も見逃せない。

三洋電機の2006年の大ヒット商品である充電池「エネループ」と、開発から宣伝までを担当したCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)の主要メンバー
三洋電機の2006年の大ヒット商品である充電池「エネループ」と、開発から宣伝までを担当したCFT(クロス・ファンクショナル・チーム)の主要メンバー

 三洋電機の「エネループ」という充電池をご存じだろうか。鮮やかなマリンブルーのパッケージに真っ白な本体が透ける同製品は、家電量販店の充電池コー ナーでひときわ目を引く。その大ヒットの秘けつは、30~40代の主婦層という新たな顧客を発掘できた点にある。この新規顧客層は、充電池市場に“隣接” する乾電池市場にいた。

 1990年代半ばからデジタルカメラの普及と歩調を合わせて市場を拡大してきた充電池の購入者は男性が中心だった。三洋電機や松下電器産業など数製品が 家電量販店の棚に並ぶが、デザインが似ていた。ツートンカラーのボディーに、容量を示す「2200mAh(ミリアンペア時)」などの文字が踊る。デジカメ 利用者が重視するのは何枚撮影できるかにあるからだ。

 三洋電機はこの市場で高いシェアを持ち、市場も長年拡大し続けてきたため、新たな顧客層を開拓しようという発想が出づらかった。だが2004年春に、開 発とマーケティング、販売の10人で立ち上げたクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)が、この“常識”を打ち破る起爆剤となった。

●三洋電機の充電池部門は、高容量化競争から脱却し、乾電池利用者を取り込む新商品「エネループ」を投入して大ヒット
●三洋電機の充電池部門は、高容量化競争から脱却し、乾電池利用者を取り込む新商品「エネループ」を投入して大ヒット
[画像のクリックで拡大表示]

空回りの大容量化競争から発想を転換

 2005年12月に全国発売を始めたエネループは、昨年10月までに国内で800万本、海外で700万本を売り上げた。実は国内市場は2003年から縮 小し始め、市場を牽引けんいんする三洋電機でさえ2005年は400万~500万本だったと推測される。エネループがいかに画期的だったかが分かる。調査 会社のGfKジャパン(東京・中野)によると、三洋の月間シェアはエネループ発売前の10カ月は平均27~28%。発売後は平均55%に跳ね上がった。

 「専用電池を使うデジカメが増え、2003年から充電池市場は前年割れ。デジカメ以外にも使ってもらう必要があった」。三洋電機の下園浩史パワーグルー プ モバイルエナジーカンパニー グローバルCRM統括ユニット 市販ユニット ユニットリーダーは、エネループ誕生前の状況をこう語る。

 エネループ発売まで、三洋は松下電器と大容量化を競っていた。三洋が1900mAhの製品を発売すれば、松下が2000mAhといった具合に、「毎年 200mAhずつ大容量化していた」(開発を担当する三洋エナジートワイセルの田所幹朗もとお・技術統轄部統括部長)。しかし市場は毎月のように前年割 れ。「お客様のニーズをちゃんと見ていなかったのではないか」。そんな思いが高まっていった。

 こうして2004年春、CFTメンバーの呼びかけで、開発部門は同僚や家族に「充電池と乾電池への不満」を徹底的にヒアリングした。実は、乾電池市場は 年間22億個もあったのに、充電池は2000万個にすぎなかった。そこで「乾電池市場を攻めよう」という発想が浮上してきたのである。

 ヒアリング結果やCFTでの議論から見えてきたのは、多くの消費者は充電池に対して「放っておいたら使えなくなる」「値段が高い」「充電が面倒くさい」 という不満を持つこと。乾電池には「捨て方に困る」という不満がある。これらを解消するには「自己放電しやすいという充電池の短所を改善すればいい」とい う仮説を立てた。そうすれば、充電した状態で販売でき、買ってすぐ使える。繰り返し利用できることをきちんと訴求できれば、長期的には乾電池よりも経済的 で、廃棄に悩む頻度も極端に減ると多くの消費者に気づいてもらえる。充電池は数百回利用できるからだ。

 しかし技術的ハードルが高く、開発部門はこの問題に手を着けるのを避けてきた。苦労して解決しても本当に売れるのかという迷いもあった。「しかし、市場 の声を聞いて商品開発するにはそれではだめ。2004年秋から真剣に検討を始めた」(田所氏)。他部門の人たちと意見をぶつけ合わなければ、踏ん切りはつ かなかっただろう。

●2006年の大ヒット商品である充電池「エネループ」開発の経緯
●2006年の大ヒット商品である充電池「エネループ」開発の経緯 [画像のクリックで拡大表示]

新規ターゲットを想定した事前調査が鍵に

 幸いにして2005年春に自己放電を大幅に低減できるめどが立ち、正式に開発に着手。1年後の2006年春の発売を目指すことになった。

 ここからはマーケティング部門の腕の見せ所。大容量化に代わる売り文句を考えなければならない。同部門は既に、「乾電池の主要顧客は30~40代の主婦 層」という市場分析を済ませていた。そこで主婦層を中心に約500人の消費者にアンケート調査をした。「乾電池と充電池への不満をきちんと確認し、どんな デザインや宣伝方法にすればいいのか考えたかった」と、CFTに参加した鈴木里佳マーケティングユニット マーケティング部マーケティング課主任は明かす。この部署はグローバルCRM統括ユニットの中にある。

 鈴木氏は、誘導尋問にならないよう注意しながら乾電池と充電池に対する不満の選択肢を12~13個ずつ考え、調査は外部に依頼した。トップ3は右図の通 り。「主婦層は予想以上に電池への関心が低い。充電池を知らない人や、デジカメ専用だと誤解している人も少なからずいた。電池を捨てることへの後ろめたさ も強かった。環境保護の意識が高まっているんだな」と感じた。

開拓を優先し、世界初の機能を伏せる

●乾電池を購入する層を中心に仮説を検証
●乾電池を購入する層を中心に仮説を検証

 鈴木氏はパッケージに「自己放電しない」という宣伝文句は入れたくないと考えた。世界初の特性をうたわないことで他部門ともめたが、「1000回くり返 し使える」という分かりやすい宣伝文句にした。さらに、女性が思わず手に取ってみたくなるようなおしゃれで環境に優しいイメージを抱かせるデザインをパッ ケージと商品に採用。中身が見えず店に置いてもらえないという心配の声も出たが、「これまでと違う層に訴えるのに今までと同じでどうすると考えて納得し た」(下園氏)。実際、ターゲット層と同じ30代前半の鈴木氏の“常識”破りの戦略は的中した。エネループ購入者の4割が、充電池を初めて購入した人だっ たのだ。

 販売部門の頑張りも見逃せない。販路を積極的に開拓し、従来は家電量販店を中心に約5000店だったのを、コンビニエンスストアやスーパー、ホームセン ターなどを攻めて販路は3倍になった。主婦に買ってもらうには、乾電池を扱う店に売り込むことが欠かせないと判断したのだ。

 このプロジェクトには、もう1つ隠された成功要因がある。経営再建を目指す三洋電機の経営陣が打ち出したビジョン「Thinkシンク GAIAガイア」に合致する商品の第1号に選ばれたのだ。ビジョンには「地球環境が喜ぶ会社になる」という思いが込められている。これで大規模な全社横断 プロジェクトに拡大したが、発売が半年近く前倒しとなり、現場は多忙をきわめた。だが目指すべき方向性が明確になり、CFTの議論が円滑になった。「有志 でスタートしたCFTだけに、メンバーは熱い者ばかりで、意見がまとまりにくい面があった。Think GAIAのおかげで、短期間で良い戦略を実現できた」と3氏とも口をそろえる。さらに、全社プロジェクトになったので充電池では異例のテレビCMなど広告 を大々的に打てた。このことも、主婦層の理解を深めるのに大いに貢献した。