海外旅行のダイナミックパッケージを販売するJTBのサイト
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 JTBが取り扱うインターネットによる旅行商品の販売額は、2006年3月期は昨年7月に発表した計画通りの約770億円になる見通しだ。コンビニエンスストアに設置した情報端末経由での販売額まで含めると約930億円になる。4月からの2007年度はインターネット販売が970億円、コンビニまで含めると1135億円を計画しており、さらに2008年度は同1230億円と同1400億円を目標にしている。

 2007年度から2008年度にかけて、インターネット販売額の上昇の鍵を握るのが、海外旅行の「ダイナミックパッケージ」である。ダイナミックパッケージとは、航空機やホテルといった海外旅行に必要な「素材」を、顧客自身が必要なものだけを自由に選択できる商品のことだ。余分なサービスをそぎ落とした「自己流」のパッケージ商品を組み立てられる点が通常のパッケージ商品と異なる。顧客は必要なサービスだけを積み上げていって合計の料金を支払えばよいので、料金に対する「納得感」が得られやすい。飛行機とホテルのセット販売だから、別々に購入するよりも安くなる場面が多い。旅行会社としては、顧客の多様性にも応えられる。JTBは2月20日から、4月1日以降に出発する海外旅行のダイナミックパッケージ「Navi」を販売しており、既に予約が入り始めている。

 同社は2006年4月に新しい経営体制に移行し、グループ内の分社化を進めた。その中でインターネット販売事業(コンビニ販売を含む)を専門に手掛ける新会社として誕生した「i.JTB(アイドットジェイティービー、東京・品川区)」の売上高は、2007年度に海外旅行のダイナミックパッケージだけで10億円を目標に掲げている。その10億円が、2007年度のインターネット全体の販売目標額である970億円の一部を構成することになる。

 970億円の内訳をより細かく見てみると、インターネット上で国内と海外の旅行予約から決済までのすべてを完了する、文字通りの「オンライン」販売の目標が670億円だ。一方で、インターネット上で提供した旅行情報を見て、顧客がコールセンターに予約の電話をかけてくるなどの「オフライン」販売が、残りの300億円を占める。原則として、予約から決済までをインターネット上で完結する海外旅行のダイナミックパッケージは、オンライン販売である670億円の一部になるわけだ。

ネットでの海外旅行販売の勢力図が決まる

 2月20日の予約開始から3月中旬までの約1カ月間は、同業他社やメディア関係者などからの「偵察」が相次いだこともあり、「ダイナミックパッケージの予約サイトはアクセスを処理し切れないビジー状態が続き、お客様にご迷惑をおかけした。そのため、ダイナミックパッケージの販促は打ってこなかった。そんな状態の中としては、出だし良く予約が入り始めている」(コーポレートデザイン本部システム企画部システム企画チームの矢嶋健一マネージャー)。

 i.JTBのダイナミックパッケージのシステムは、選択可能な飛行機やホテルを全件検索して空き状況を一覧表示する必要があるため、システム負荷が高くなってビジー状態になりやすい。「既にシステムのチューニングを終えており、問題はほぼ解消できた。4月からは積極的に販促を展開していきたい」(矢嶋マネージャー)

 ダイナミックパッケージという顧客にとっては聞き慣れない「新しい」販売形態に、旅行業界の熱い視線が集まっているのは確かだが、i.JTBによれば、「好きな航空会社と泊まりたいホテルを自由に組み合わせて個別のパッケージを作ること自体は何も新しい話ではない。当社が何十年も店舗で提供してきたサービスそのものだ。それがインターネットで自由にできて決済まで完了できるようになっただけともいえる」(eコマースカンパニーの吉田昌夫海外販売部長)。それだけに、ダイナミックパッケージのシステム開発では、既存の店舗向けの仕組みを多いに利用できたという。

 それでも業界の注目が高いのは「インターネットによる海外旅行の販売に限れば、現時点ではまだ業界の勢力図が定まっておらず、(新規参入企業を含めた)どの企業にもチャンスがあるからだ」(吉田部長)。一方で、国内旅行のインターネット販売では、JTBをはじめ、楽天トラベルやリクルートのじゃらんなど、主要プレイヤーが数社に絞られてきている。

 日本でインターネットによる旅行販売が始まってから早10年が経過しようとしているが、いまだに海外旅行では絶対的な覇者が見当たらない。その理由は「当社を含めたどの旅行会社も、海外旅行のインターネット販売における『あるべき姿』を見極め切れていないからだろう」(矢嶋マネージャー)という。

 i.JTBは2月のサービス開始に先立って、1年前から、インターネットで旅行を予約したことがある顧客に対するグループインタビューを実施してきた。「顧客が必ず口にした『安心』と『高額』という海外旅行特有のキーワードに応える最善の方法がどれなのか、当社も試行錯誤しながら検証を続けているところだ。ダイナミックパッケージは、顧客の要望に応えるためのサービス提供手段の1つと位置づけている」(吉田部長)

 グループインタビューを通して、改めて確認できたことは、顧客はまだまだ海外旅行のインターネット販売に多くの不安を抱えているということだった。ただでさえ高額の買い物である海外旅行の場合、「インターネットで本当に予約が取れているのかが不安になり、コールセンターに予約確認の電話をかけたという顧客もいたし、依然としてインターネットにクレジットカード番号を流すのを嫌がる人もいる。数十万円の買い物になる海外旅行の決済となれば、なおさらだろう。加えて、海外へ旅行すること自体に不安を感じている人も多いので、店舗での対面による説明を求めるニーズはまだまだ高い」(吉田部長)。

 こうしたことまで踏まえてダイナミックパッケージを設計するとなると、本来はインターネット上で自由に素材を選んで決済まですべて完結させられる利便性が目新しいはずのダイナミックパッケージでも、「予約はインターネットで受け付けて、決済や詳細な説明・相談は最寄りの店舗で後日提供できる環境を用意したほうが、顧客にはより安心して購入してもらえるのかもしれない。店舗網がある当社にはそれができる。JTBグループ全体で考えれば、インターネットだけで完結するサービスにこだわる必要はない」(吉田部長)という。

 そこでi.JTBはインターネットでの予約確定後に、店舗で支払いができる販売形態も同時に用意している。もちろん、インターネットでダイナミックパッケージを検索して、電話で予約することもできる。インターネットでの予約・決済に慣れている人にとっては、わざわざ支払いのために店舗を訪れることは煩わしいだけだろうが、インターネットを利用する人にも店舗での応対ニーズが確実にあることをi.JTBは確信している。

 というのも、2006年6月に通常の海外旅行パッケージ「ルックJTB」に対し、顧客がインターネットでとりあえず予約を入れて日程を確保してから、近くの店舗で相談や支払いを済ませられるサービス「Web予約・支店取次販売」を追加したところ、この半年で「顧客の20~30%が支店取次を選択した実績がある。支店取り次ぎを指定する顧客の60%以上は女性で、購入単価もほかのパッケージ購入客より16%近く高い」(吉田部長)。

 ここから読み取れるのは、インターネットでの購入にまだ「不安」を感じていたり、日中の時間に「余裕」がある「女性」が、より「高額」な旅行商品を求める際には、わざわざリスクが高いと思われるインターネットでの決済には手を出さずに、時間をかけてでも本人が安心できる店舗での相談や支払いを選択するということだ。こうした傾向はダイナミックパッケージにも共通して当てはまるものと考えられる。

 つまり、何がなんでもインターネット上でサービスを完結させることが、大多数の顧客にとっての海外旅行ダイナミックパッケージの「あるべき姿」ではないのかもしれない。そこまで頭に置いて、i.JTBはサービスを開始している。

 どの旅行会社も絶対的な「答え」を見つけられていない状態だから、10年たってもインターネットでの勢力図が定まっていないともいえる。逆に言えば、あるべき姿の見極めが、海外旅行のインターネット販売の勢力図を決定づける大きな要素になるはずだ。必ずしも、インターネットのダイナミックパッケージで先行した米国の事例が日本にも当てはまるとも限らない。「ダイナミックパッケージは、顧客が海外旅行に求めるサービスの答えに近づく大きな可能性を秘めている。これからの海外旅行販売のあり方を考え直すいいきっかけになっている」(吉田部長)

 2007年中には、国内の大手旅行会社が相次いで海外旅行のダイナミックパッケージを提供し始めるとみられるが、情報検索から予約、相談、決済までの一連のプロセスの細かな違いにこそ注目すべきだろう。単純に、選択できる航空会社やホテルの数を競い合えばいいというわけではない。

 現時点では、インターネットで情報を提供して電話で予約を受け付けるオフライン販売が主体である海外旅行大手のエイチ・アイ・エスが、次にどんな手を打ってくるかが業界の関心事だ。i.JTBは「ダイナミックパッケージは始まったばかりのサービスなので、同業他社の良いところは素直に認め、短期間でキャッチアップできる体制を整えていきたい」(矢嶋マネージャー)としている。そのことも、一定の勢力を確保する必須条件になる。