市役所にとっての「お客様」である市民を素早く窓口で出迎えるため、職員の机はすべて窓口側を向けて、市民の動きに気づきやすくした
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改善活動のオブザーバーを務める杉浦幸七副市長
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 愛知県名古屋市の南東に位置する高浜市の高浜市役所が、窓口業務といった市民サービスの生産性と品質を向上させるため、2005年末からトヨタ流の改善活動に取り組んでいる。この3月末には活動の2年目となる2006年度の取り組みが終了する予定で、2月9日にはその中間報告会が開催された。

 2006年度は、確定申告会場での市民の最大待ち時間の半減や、市民人口の実に5%を占める外国人労働者(主にポルトガル語圏のブラジル人)との言葉の壁の改善と彼らからの税金徴収率の維持・向上、2007年度に予定されている土日開庁に向けた窓口業務の効率化などが掲げられた。

 いずれの活動にも、トヨタ生産方式(TPS)に基づく改善の考え方が応用されている。高浜市内に、同市で最大規模の工場を構える豊田自動織機との地域的なつながりが縁となり、同社からTPSに基づく改善活動の指導を受けている。

 高浜市長の森貞述氏は、同市の構造改革の1つに「職員力」の強化を掲げており、それには地元のトヨタの力を借りるのが早道と判断。高浜市役所での改善プロジェクトを全面的に支援している。

 そのため、「4S」「ジャスト・イン・タイム」「多能工化」「標準作業」といったトヨタ用語が市役所のあちこちで使われている。問題の発見や解決には、トヨタの分析手法である「山積み表」や「物と情報の流れ図」「星取表」などが用いられている。

市役所に「カエルンジャー」が参上

 2005年度にはまず、改善プロジェクトの第1期生の12人が豊田自動織機の工場に研修に行き、トヨタの新人が学ぶTPSの基礎部分と同じカリキュラム(別記事「1カ月半で基本思想と共通言語をたたき込む、これがトヨタの新人研修だ!」を参照)を短期間で学んだ。そうした生産現場の知恵を市役所に持ち帰り、窓口業務の効率化やサービス改善に生かし始めた。

 職員の無駄な動きを見つけるため、ストップウオッチを片手に職員の動きを1日観察する「追っ掛け測定」の実施や、仮のレイアウト変更でどれだけの事務効率が上がるかを「物と情報の流れ図」から分析・検証する試み、職員が複数の業務を計画的に学習していくことで「多能工」を目指し、窓口の担当者不在をなくす取り組みなど、トヨタの教えを市役所内で忠実に実践している。

 現在は第2期生の新たな12人が、1期生の先輩職員の指導の下で、冒頭の改善活動に取り組んでいる。彼らは、残業を減らして早く「帰る」ことと、改善活動で現状を「変える」ことを目指し、市役所内で「TPSカエルンジャー」と呼ばれている。

 カエルンジャーの活躍が一目で分かるのは、市役所の1階にある証明書などの交付窓口だ。1階にある職員の机は、すべて窓口側を向いている。これなら、市役所の正面入り口から市民が入ってくると、「すべての職員がすぐに市民に気づく」(改善活動のオブザーバーを務める杉浦幸七副市長)。通常、市役所では、職員の机は窓口に対して直角の向きに並べられている場合がほとんどで、これでは市民にすぐに気づかないケースもある。2006年4月まで、高浜市役所もそうだった。

 高浜市役所は、市民が窓口に到着してから職員が窓口に到着して対応を始めるまでの「リードタイム」の短縮を目指し、その究極の答えとして、机の向きをすべて市民と向き合う方向に変えた。これなら、市民が入り口から入ってきた途端に気づいてすぐに動き出せるので、「市民が窓口に着いた時点では既に職員が窓口で待機して出迎えられる」(杉浦副市長)。

 つまり、市民にとってのリードタイムはゼロになる。トヨタ流の改善活動の端的な好例だ。机の向きを窓口と平行にすれば、職員は常に市民から見られていることにもなるので、適度な緊張感が保たれる効果もある。

 高浜市役所は現在、既に市民に利用されなくなった公共サービスの「棚卸し」を実施し、無駄な「サービス在庫」を一掃したうえで、市民が本当に求めている新しい公共サービスを従来通りの200人ほどの職員数でこなすことを計画している。これもTPSの基本である顧客起点に基づく発想なのだ。