金融庁の内部統制部会が審議してきた日本版SOX法(金融商品取引法)の実施基準が、今年2月に正式確定した。バルブ最大手のキッツは、それより1年以上前に内部統制見直しに着手。小林公雄社長は、規制強化を社内体制見直しの好機ととらえた。自ら会議に出席するなど、強い信念を持ってプロジェクトを推進している。直近の業績は好調だが、外部要因に左右されない強固な経営体質の確立を狙う。


2006年11月、日本版SOX法「実施基準」の草案が明らかになったタイミングで開かれた社内勉強会の様子。キッツの主力製品であるバルブ(右)
2006年11月、日本版SOX法「実施基準」の草案が明らかになったタイミングで開かれた社内勉強会の様子。キッツの主力製品であるバルブ(右)

 「地震対策や原材料の相場など、一般的なリスク管理には従来も取り組んできた。しかし、社員が日々活動する現場に潜むリスクについては、私の立場ではよく見えていない部分があった」

 キッツの小林公雄社長は、日本版SOX法(金融商品取引法、J-SOX)に対応するために立ち上げた「内部統制構築タスクフォース」について、率直に語る。キッツは建築設備やプラントなどで使うバルブの国内最大手。業績は絶好調で、2007年3月期の連結業績は売上高1400億円(前年比30%増)、経常利益105億円(同15%増)と、3期連続で最高益を更新する見込みだ。

 それでも小林社長は強い危機感を口にする。「当社の業績は民間設備投資動向に依存している。内部統制に取り組むことで、今やっていることが本当に効率的かどうかを確かめたい。J-SOXは社内を見直すいい機会だ」。小林社長に早期着手を進言した経理担当のはい島(「はい」は草冠に「配」)純一郎・専務執行役員も、「増えた利益分の投資先として、規模に合った『品格』を身に付けるべきだと考えた」と話す。

 小林社長は2005年10月に、全部門長を召集。米国のSOX法が経営者の刑事罰を規定していることなどを踏まえ、「これをやらなければ私はクビになる」「費用はいくらかけてもやるんだ」と訴えた。毎月開くタスクフォースの会議に必ず出席するなど、社長の関与は徹底している。「最初は『社長命令』から始めた。しかし、文書化が進むにつれて、自部門の非効率な点が見えて、社員の間でも見直しの機運が高まった」(小林社長)

●キッツにおける内部統制構築活動の概要
●キッツにおける内部統制構築活動の概要
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当初は米国SOX法基準で業務洗い出し

 キッツの「内部統制構築タスクフォース」には、営業、生産など各部門の長とグループ企業代表者の約30人が参加。事務局機能を担う内部統制推進室には、6人がほぼ専任で配属されている。「当初は兼任でも大丈夫だと思ったが、大変さが分かってきたので専任化した」(小林社長)

 キッツは電通国際情報サービス(ISID)にコンサルティングを依頼。抜本的な改革ではなく現状の見直しを重視する考え方が自社に合っていると判断した。監査法人系コンサルティング会社では会計に詳しくない現場社員が気軽に相談しにくいという考えもあった。

 当初はまだJ-SOXの全体像が見えないため、米国のSOX法を参考にした。連結での売上高、資産などの90%をカバーする拠点と業務プロセスを洗い出した。対象範囲は延べ約700のサブプロセスに上る。本業とは業務プロセスが異なるスポーツクラブ運営子会社、キッツウェルネスなども対象に含まれる。

 2006年11月に示されたJ-SOXの「実施基準(公開草案)」では、「売上高等の2/3程度」という、キッツの想定より狭い範囲の基準が示された。ISIDの歳納太郎シニアコンサルタントは、「対象を減らせそうだが、現在作業を進めているプロセスは対象に含まれるため無駄にはならない」と説明。キッツの松澤文明・内部統制推進室長も、「やってみて100件以上の課題が出てきたのを見ると、早く着手して良かったと思う」と話す。

 2006年7月から、販売、生産などの重要プロセスをモデルプロセスとして選び、それぞれについて「業務の流れ図(フローチャート)」「業務記述書」「リスクと統制の対応(リスク・コントロール・マトリクス=RCM)」の3点セットを作成する「文書化」を進めた。各部署側で文書化担当者を決めて、1サブプロセス当たり6.5人日の作業時間を確保した。10月以降、それ以外のプロセスでも作業を進めており、J-SOXの適用が始まる直前の2008年3月までに、リハーサル版の内部統制報告書を作成する計画である。

●キッツが「文章化」で作成した販売業務プロセスの文書(3点セット)
●キッツが「文章化」で作成した販売業務プロセスの文書(3点セット) [画像のクリックで拡大表示]