日本たばこ協会は2008年,日本全国の自動販売機に成人識別機能を導入する。未成年者の喫煙防止が目的だ。この仕組みを支えるのが,自動販売機に組み込む携帯電話モジュール。現在設置されている約62万台もの自動販売機が対象となる大規模な取り組みだ。既に設置作業を進めている。

 すべてのたばこ自動販売機に携帯電話が内蔵される──。これは遠い将来の話ではなく,今まさに進行していることだ。

 たばこメーカーやたばこ関連企業で構成する日本たばこ協会は,2006年8月から成人識別用非接触ICカード「taspo」(タスポ)の読み取り装置を取り付けた,たばこ自動販売機の設置を進めている(写真1)。taspoカードを持っていないと,自動販売機でたばこを購入できなくしようという取り組みで,2008年3月から順次全国展開する。

写真1●成人識別用非接触ICカード「taspo」(タスポ)と,taspo対応たばこ自動販売機のカード読み取り部
写真1●成人識別用非接触ICカード「taspo」(タスポ)と,taspo対応たばこ自動販売機のカード読み取り部
taspo対応の自動販売機は2006年8月から設置が始まっているが,実際に利用できるようになるのは2008年から。カード発行の申し込みは2007年12月から順次実施する。

 現在,国内に設置されているたばこ自動販売機は約62万台。日本たばこ協会のプロジェクトに参加している日本たばこ産業・たばこ事業本部営業統括部流通企画部の梶貴部長は,「日本にあるたばこ自販機がすべて成人識別機能付きに変わる」と説明する。

 taspo導入の目的は未成年者の喫煙防止だ。その取り組みの発端になったのは,世界保健機関(WHO)が発効した「たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約」。日本政府もこの条約を批准しており,これに従わなければ自動販売機によるたばこの販売自体ができなくなるという厳しいものだ。そのため2008年に向けて,2006年の時点から成人識別機能付き自動販売機の設置を進めている。

 taspoのカード発効や運営は,日本たばこ協会が実施する。システム全体の統括はNTTデータが請け負い,既に導入に向けた検証も実施済み。第一次検証を千葉県八日市場市で行い,現在は鹿児島県の種子島で第二次検証を継続中だ。

無効カード情報をパケットで配信

 このtaspo対応自動販売機の通信機能を担うのが,NTTドコモの携帯電話モジュールである(写真2)。

写真2●taspo対応たばこ自動販売機で使用する携帯電話モジュール
写真2●taspo対応たばこ自動販売機で使用する携帯電話モジュール
NTTドコモのFOMAモジュール「UM01-KO」を組み込んだ専用アダプタ・セット「AKO09012」を利用する。利用には契約済みのFOMAカード(SIMカード)を装着する。

携帯電話といっても音声通話に使うわけではなく,データのパケット通信専用。taspoの成人識別自体はオフラインで行うため,通信機能を必要としているわけではないものの,(1)紛失などで無効となったtaspoカード情報の配信,(2)電子マネーの取り引き情報や精算情報のやり取りの際に,通信機能が不可欠となる(図1)。

図1●「taspo」の仕組み
図1●「taspo」の仕組み
カードの発行や運営は日本たばこ協会が行う。携帯電話のネットワークは,(1)カードの不正利用を防止するための無効カード情報の配信,(2)電子マネーの取り引き情報や精算情報のやり取りの2点で利用する

 (1)の無効カード情報は,taspoカードの不正使用防止に利用する。taspoカードは「身分証明に使えるレベルの審査を経た上で発行される」(日本たばこ産業の梶部長)厳格なもの。カードを紛失した際に悪用されないとも限らない。そこで携帯電話のネットワークを介し,紛失などで無効としたカード情報を自動販売機に配信,カードの不正使用を防ぐ。

 (2)の電子マネーは,taspoカードの付加価値向上のために付け加えた機能だ。taspoが採用した電子マネーはセンターで残高などを管理する方式。そのため,たばこを購入したり電子マネーの入金(チャージ)をするたびに通信が発生する。

 この電子マネーを利用する際,残高情報などと共に自動販売機側に配信されるのが,(1)の無効カード情報だ。もっとも,自動販売機は現金でもたばこが購入できるため,電子マネーの使用による通信がまったく発生しない日もあり得る。そこで,無効データは少なくとも1日に1回は自動配信されるような運用にする。

おサイフケータイの活用も視野

 電子マネー機能は,将来的には拡張する計画がある。というのも,taspoとは異なる規格を採用した非接触ICカードが普及し始めているからだ。

 taspoの非接触ICカードは,タイプAと呼ぶ規格を採用している。安価にカードを製造できる利点はあるものの,現在普及し始めたFeliCa対応のおサイフケータイなどとは規格が異なる。

 日本たばこ協会では将来を見越し,「自動販売機の読み取り機は,ソフトウエアの更新でタイプA以外にも対応できるようにしている」(日本たばこ産業の梶部長)。おサイフケータイへの対応は,「2008年度の稼働後に検討を開始する」(同氏)という。

圏外の自販機は人手でデータ更新

 taspoの仕組みは携帯電話のエリアに依存するという弱点がある。FOMAモジュール「UM01-KO」は,通常のFOMAが使う2GHz帯だけでなく,山間部などでも電波が届きやすい800MHz帯にも対応。NTTドコモが地方で展開する「FOMAプラスエリア」で使えるため,圏外に設置される自動販売機はそれほど多くないという。

 それでも圏外になる自動販売機は残る。特に対応が難しいのはビル内など屋内に設置された自動販売機。地図上では圏内でも,ビルの階が違うだけで圏内になったり圏外になったりするからだ。「ビルの中は実際に行ってみないと判断できない。場所によっては指向性の強いアンテナを使うなどして対応していく」(システムの構築を統括するNTTデータ 製造・流通ビジネス事業本部の田代裕三VMAIプロジェクト推進室長)。

 日本たばこ産業の梶部長によると,今のところ圏外になるのは「全体の数パーセント」。圏外では無効カード情報が配信できず,不正使用が防げない。そこで圏外の自動販売機は,人手によるデータ更新を検討している。

“即時接続”で応答時間を短縮

 日本たばこ協会は,携帯電話モジュールを使用するに当たり,NTTドコモのリモート・アクセス・サービス「ビジネスmoperaアクセスプレミアム FOMAタイプ」を採用した。このサービスを使って,日本たばこ協会のデータ・センターとFOMAネットワーク間を専用線で接続する(図2)。

図2●taspoの利用するネットワーク環境
図2●taspoの利用するネットワーク環境
taspo対応たばこ自動販売機はFOMAのネットワークを経由して日本たばこ協会のデータ・センターに接続する。NTTドコモのリモート・アクセス・サービス「ビジネスmoperaアクセスプレミアムFOMAタイプ」を利用する。
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 taspoの電子マネーは通信が不可欠なため,ダイヤルアップ接続にかかる時間はユーザーの使い勝手を大きく左右する。この時間を短縮するため日本たばこ協会は,ビジネスmoperaアクセスプレミアムのオプション機能である「即時接続機能」を使った。

 即時接続機能とは,PPPのセッションを端末側と交換機側で維持したままの状態にして,再接続の時間を事実上なくすもの。一定時間データ通信が発生しなければ,通信用チャネルをいったん待ち受け用チャネルに移す。そこでデータ通信が再度発生した場合は,ダイヤルアップせずに,待ち受け用チャネルから通信チャネルに移って通信を始める仕掛けだ。

 この機能を使うことで,taspoカードを自動販売機の読み取り機にかざしてからカード残高などを表示するまでの時間を3秒から4秒に抑えた。通常のダイヤルアップ接続よりも,時間を短縮できたという。