NTT持ち株会社は2013年4月、米シリコンバレーで研究開発拠点「NTTイノベーションインスティテュート(NTTアイキューブ)」を設立した。その任務は、シリコンバレーのイノベーションを取り込んで新しい製品/サービスを開発することと、北米でまだ知名度が低いNTTのブランド力を高めることだ。元米ヒューレット・パッカードCDO(最高開発責任者)で、2013年5月にNTTアイキューブの社長兼CEOに就任したシュリニ・カウシック氏(写真1)に、この1年の成果を聞いた。

(聞き手は浅川 直輝=日経コンピュータ


写真1●NTTアイキューブのシュリニ・カウシック社長兼CEO
写真1●NTTアイキューブのシュリニ・カウシック社長兼CEO

なぜNTTグループの招聘に応じ、NTTアイキューブの社長兼CEOに就いたのか。

 NTTアイキューブに入社する前は、米IBM、米ネイションワイド・インシュランス社のCIO(最高情報責任者)兼CTO(最高技術責任者)、米ヒューレット・パッカードを経て、自らベンチャー企業を立ち上げて経営していた。企業のCIOやIT部門を対象に、クラウド導入を支援する事業だ。特に金融系の企業にフォーカスし、Salesforce、Workday、SuccessFactorsといった業務用SaaSの導入を支援していた。

 ベンチャー企業の運営を通じて痛感したのは、クラウドの分野に成功するには、資本力などの強力な支えが必要ということだ。アマゾンが大規模に投資するAmazon Web Servicesはその典型。多くの法人客はクラウドに対し、大きな企業がバックに控えているという信頼性を求める。

 NTTグループも今、クラウドへの投資を加速させている。私がやりたいことと、NTTが米国で目指すものが一致していた。それが、私がNTTグループに参加した理由だ。

NTTアイキューブの技術者構成は。

 研究員の6割は米国で雇用したエンジニアで、4割はNTTの事業会社から集めた若手を中心とするエンジニアだ。日本から来たエンジニアには、機敏に動いてプロダクトを開発するスタートアップ文化をここで学んでほしいと考えている。

NTTアイキューブの発足からもうすぐ1年。どのような成果が出ているか。

 セキュリティ、クラウドの両分野で成果が出ている。セキュリティでは、機械学習を応用してサイバー攻撃を検知するシステムを開発中だ。

 シリコンバレーでは、セキュリティはホットな研究開発テーマだ。ログ情報を詳細に分析する「Deep Security Analysis(深層セキュリティ分析)」、脅威や攻撃元を積極的に探査する「Proactive Defense(能動的防御)」などの開発が進んでいる。NTTアイキューブが手掛ける技術もその一環だ。

 具体的には、(NTTグループがPreferred Infrastructureと共同開発した)機械学習向け分散処理フレームワーク「Jubatus(ユバタス)」に、セキュリティ機器が出力する膨大なログを取り込み、ログのパターンの変化からサイバー攻撃を検知する。システムの開発には、グループ内でセキュリティ事業を手掛ける独NTTコムセキュリティ、米ソリューショナリー、南アフリカ・ディメンションデータの技術者も参加している。

 ログ情報を監視するマネージドセキュリティサービス(MSS)の多くは、分析官による目視でのログ監視か、あるいは分析官が入力したパターンを自動検知するルールドリブンの監視に依存している。機械学習による攻撃検知システムは、こうした従来の監視に上乗せする形で運用することなるだろう。

機械学習を活用したサイバー攻撃検知は、米ベライゾンなど他の大手セキュリティ企業も取り組み始めた。

 その通りだ。開発競争が激しくなっている。これらの企業と少なくとも同じペース、できれば先を行く形で研究開発を進めたい。

 既にプロトタイプのシステムが稼働しており、実際のログを投入して試験している。3~6カ月のうちに実用化したい。

クラウド分野での成果は。

 いくつかあるが、企業の業務アプリケーションをオンプレミスからIaaSに移行させるための支援システムを開発中だ(写真2)。3月中に実用化する予定だ。

写真2●アプリケーションの構成情報に基づき、ソフトウエアスタックを含めて構築の大部分を自動化する
写真2●アプリケーションの構成情報に基づき、ソフトウエアスタックを含めて構築の大部分を自動化する
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 多くの企業がIaaSを提供しているが、サービスの特徴は大きく異なる。例えば仮想サーバーのラインアップ、CPUやメモリーの構成は、アマゾン、米IBM、NTTそれぞれ異なる。このため、オンプレミスからIaaSへ移行するに当たっては、性能・コスト評価やパラメータ最適化のため多くの作業が必要だった。こうした作業から、ソフトウエアスタックを含めた構築、移行までの作業の大部分を自動化する。

 我々のソリューションは全ての業務アプリケーションを自動化できるわけではないが、平均して2~3割のアプリは自動化できると考えている。

どのような顧客を想定しているか。

 例えば米NTTデータが抱える北米の顧客の多くは、過去に構築した業務アプリケーションをクラウドへどのように移行させるか、頭を悩ませている。こうした顧客に向けサービスを紹介したい。