日本の電機業界が総崩れ状態のなか、業績好調の日立製作所。ITと社会インフラが融合した社会イノベーション事業の創造と推進を通じて、「世界で勝てるメジャープレーヤー」の地位を狙う。単なる重電メーカーでもなく、ITベンダーでもない新たな事業モデルの確立を目指す中西宏明社長に、その経営戦略とIT事業の今後の役割について聞いた。

社会イノベーション事業の取り組みの現状はいかがですか。

1970年3月、東京大学工学部卒業。同年4月に日立製作所に入社。79年7月、米スタンフォード大学院コンピュータエンジニアリング学修士課程修了。2000年8月、情報・通信グループ統括本部副本部長。03年4月に国際事業部門長兼欧州総代表となり同年6月に執行役常務。05年6月、執行役専務/北米総代表兼日立グローバルストレージテクノロジーズ取締役会長兼CEO。09年4月に代表執行役 執行役副社長に就任、電力事業や電機事業などを担当。10年4月より現職。1946年3月生まれの66歳。(写真:陶山 勉)

 社会イノベーション事業の実現が課題だとして、現場を強くプッシュしてきた結果、いくつかの成果が出てきました。一方で課題も明確になってきましたので、今年4月に組織を少しいじりました。

 日立の事業は幅広く対外的に分かりにくい。そこで、主要事業を情報・通信システムグループ、インフラシステムグループなど五つに再編することにしました。さらに営業やフロントエンジニアリング、サービスの在り方にも課題が見えましたので、社会イノベーション・プロジェクト本部を設置しました。

 まず営業の在り方ですが、実はこの10年にわたり営業の責任範囲の明確化を進めてきました。ただ徹底しすぎたのか、自分たちの責任範囲かどうかがよく分からない案件は取りにいかない、といった傾向が出てきた。そこで、社会イノベーション・プロジェクト本部には、難しい課題ですが、日立グループ全体を背負って営業してもらいます。

 ソリューションを作るフロントエンジニアリングも極めて重要です。今までもスマートシティなどで推進組織を作りましたが、ますます重要性が高まりますので、社会イノベーション・プロジェクト本部に集約しました。三つめの課題がサービスの在り方ですが、今後は社会インフラのEPC(エンジニアリング・調達・建設)だけでなく、運用保守サービスまでカバーする必要がある。このためサービス事業の推進組織も、社会イノベーション・プロジェクト本部に設置しています。

 組織はまだ、そんなに大きくはありません。ただフロントエンジニアリングは、既に活動していた部隊を編入しましたから、数百人のレベルに達しています。

今の社会インフラにITは必須

(写真:陶山 勉)

具体的な成果としては、どのようなものがありますか。

 7月末に英国のIEP(都市間高速鉄道計画)に関して、車両の製造・保守などで成約を見ました。インパクトは結構大きくて、今後は運行管理も含めて鉄道システム事業を強化していきます。成約に至っていませんが、これをベースにブラジルやベトナム、インドなどでも交渉を進めています。

 スマートシティ関連では、千葉県の柏の葉以外にも国内外で実証モデルを核にした事業を展開しています。海外では米国のハワイやニューメキシコ、それにスペインのマラガ、シンガポール、中国の広州や天津、大連などで推進しており、ハワイの実証モデルは第2フェーズに入ろうとしています。

こうした案件が社会イノベーション事業だとすると、従来のインフラ事業と何が違うのですか。

 まず、多くの案件がPPP(公民連携)なのです。国が多額の資金を投入しなくて済むように民間の資金を導入するというスタイルです。それに新興国では国にノウハウが乏しいですから、我々のような企業が深く入り込まないと計画全体がうまくいきません。

 ただ、日立だけで全てを担えませんから、他の企業とコンソーシアムを作って取り組みます。結局、そうしたコンソーシアムの設計や運営から、インフラ機器の製造や設置、そして運用までを考えなければなりません。運用面では、コスト負担をどう配分するのか、収益をどうやって作っていくのか、つまりビジネスモデルまで作る必要があります。

 要するにフルバリューチェーンをスコープに入れて提案することが重要になります。日本の高度成長期のように、機器を納めるだけのビジネスとは全く違う。そして運用まで踏み込むと、インフラの運用管理や保守などでセンサーや情報システムが必要になる。ですから、社会イノベーション事業ではITが不可欠になるわけです。

社会イノベーション事業の規模、あるいは日立の売り上げに占める割合はどのくらいですか。

 案件がプロジェクトの単位で実現する場合と、プロダクトの商談として成約する場合がありますので、どこまでが社会イノベーション関連かは難しいところです。ある意味、今の日立の事業全体が社会イノベーション事業です。そのように位置づけられない事業はどんどんやめていますからね。