創業100年を超えた“老舗”のコクヨが今、大きな転換点を迎えている。長らくほぼ国内だけで事業を展開してきたが、主力のステーショナリー(文具・事務用品)、オフィス家具が成長の限界に突き当たった。こうした状況を受け、中国など海外市場の開拓と国内事業の変革に取り組む黒田章裕社長に、その経営戦略と戦略遂行の決め手となるIT活用を聞いた。

最近、中国などアジア市場の開拓を加速していますが、その問題意識は何ですか。

1972年3月に慶応義塾大学経済学部卒業、同年4月にコクヨ入社。77年12月に取締役に就任。81年12月に常務取締役、85年12月に専務取締役、87年12月に代表取締役副社長に就任。89年8月に代表取締役社長に就任。2011年3月より現職。1949年9月生まれの62歳。(写真:陶山 勉)

 ステーショナリーとオフィス家具という我々の商品のうち、ステーショナリーでは多くの商品がITによる情報化の進展で役割を終えつつあり、出荷量を減らしていくことは避けられません。一方、オフィス家具は景気の悪化局面で景気との連動性が極めて強く、大きな影響を受けます。もはや国内だけで安定的に経営していくのは難しい状況になりました。

 座して市場の縮小に身を任せるよりも、海外での飛躍に賭けてみたいということで、10年近く前から中国で事業を試みました。しかし、軌道に乗らず累積赤字が膨らむというのが実情でした。単に日本の商品を日系企業に売ろうというものでしたので、うまくいかなかったのです。

 そこで戦略を再検討し、3年前に海外進出に向けた体制を整備しました。国内事業の持続的成長をできるだけキープしつつ収益を極大化して、その糧で海外へ飛躍しようというものです。

 我々の商品は数万アイテムもあり、ものづくりは大変です。協力工場や資材メーカーにも世話になり、各商品について最適な量を生産し、需要のある場所で最適な在庫を持たねばなりません。そのためには流通・小売りからタイムリーに発注してもらい、情報を生産側に瞬時に届けられなければなりません。また営業が商品の評判を聞いて、新たな商品開発につなげることも必要です。

 コクヨが成長したのは、こうしたバリューチェーンを築けたからです。今度は中国で、あるいはインドやベトナムで作ってみようというわけです。我々が100年間かけて作り上げた仕組みを海外でも一から築こうというわけです。

ネット通販では中国を開拓できず

最近、インドと中国で文具メーカーに対するM&A(合併・買収)を実施しました。

 流通が欲しかったのです。現地に工場を建て良い商品を造ることでは、我々には優れた能力があると思っています。しかし、現地の人にリーチするすべがありませんでした。現地でブランド力が無い我々は、自ら商品の良さや売りやすさを伝え、倉庫も持たなければならない。やはり今は、現地企業に我々のグループに入ってもらうしかないと考えています。

二つの案件は海外でのM&Aの始まりにすぎないわけですか。

 そうです。先ほどのバリューチェーンの話で言えば、流通が最も必要なパーツです。インドでは30万、中国ではそれ以上の文具店があると思いますが、そうした文具店にスピード感を持ってアプローチしたいと考えています。

ネット通販事業の「カウネット」を使えば、もっと容易に海外市場を開拓できませんか。

 実は以前、カウネットでも中国市場に挑戦しました。もしカウネットが中国でうまくいっていたら、今のバリューチェーン的な発想はなかったでしょう。流通を自分で持てたわけですから。

 ところが、中国には固有の商習慣があり、我々が独自の流通を築くのは難しかった。これは我々だけの問題ではなく、米国のオフィス用品流通大手のステープルズも苦戦しています。皮肉なことに、現地企業も真似をして同様のビジネスを展開するのですが、やはり続かないのですよ。

日本で構築したバリューチェーンを、どうやって中国などに移植するのですか。

 コクヨが国内で強固なバリューチェーンを築けたのはシステムのおかげです。ノート1冊でもリアルタイムに注文してもらい、工場を24時間動かして、迅速に届ける仕組みを作ったからです。

 ところが中国など新興国では、ディーラーは注文を溜めようとします。注文量を多くしたほうが取引面で有利になりますからね。10日間溜めて、どっと注文を出してきます。そうすると、品切れですぐに対応できなかったりします。

 ただ、毎日注文してもらえれば溜めて注文したときと同じ値段を提示できます。継続した注文があれば、全体のボリュームが分かりますからね。ですから、リアルタイムでの受発注や生産ができるようにシステムを整備していこうと考えています。今はスマートフォンがありますので、日本以上に瞬時に受発注を行える仕組みができるでしょう。