ガートナー ジャパンは個々の技術分野を「ハイプサイクル」というモデルでウオッチしている。このモデルによれば、各技術は「テクノロジーの黎明期」「『過度の期待』のピーク期」でいったん盛り上がった後、「幻滅期」を迎えてベンダーの淘汰が起こり、その後、生き残ったベンダーから第2、第3世代の技術が提供されることで「啓蒙活動期」「生産性の安定期」という普及期を迎える。

 同社によれば、「ビッグデータ」は2011年の段階で「テクノロジーの黎明期」の後半にあり、今後、「『過度の期待』のピーク期」に向かう可能性がある。つまり、いったん今後盛り上がるものの、冷却することになる。

 では今、ユーザーはこうしたトレンドを傍観し、「幻滅期」を過ぎてからビッグデータ関連技術の導入を検討すればよいのかというと、そうではないのだという。同社でITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクターを務める鈴木雅喜氏に見解を聞いた。

(聞き手は井上健太郎=ITpro


ユーザーの動きについて現状どう見ているのか。

写真1●ガートナー ジャパンのITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクター 鈴木雅喜氏
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 現状、企業のCIO(最高情報責任者)は、ITに関して視野が狭くなってきている。つまり、インフラコストを仮想化技術などで下げることには興味を持っているが、新規投資には後ろ向きでブレーキを踏みすぎている。

 講演でこのように話すと、共感してくれるIT部門の企画担当者も多い。もちろんコストは下げ続けないといけないが、今どうITに向き合うか、ということを考えておかないと、経営環境の大きな変化に乗り遅れる可能性がある。

 経営環境を取り巻く変化の中で、この10年、ITほど大きく変化したものは他にほとんどないだろう(図1)。電車に乗っても半数くらいの人がスマートフォンをいじっているし、SNSやTwitterを活用する人も増えている。BI(ビジネスインテリジェンス)の枠組みの延長でなく、白紙からデータ活用戦略を前向きに考えるべき時期に来ている。

図1●10年間で何が変わったか(出所:ガートナー ジャパン)
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ガートナーの分析では、ビッグデータは過度な期待が高まるタイミングにさしかかっているということだが。

 ビッグデータは今、そのような時期にさしかかっている。しかし、だからといってユーザーは冷やかに傍観していればよいということではない。この時期にユーザーが前向きに可能性を探っておくことは必要だ。

 この段階に背を向けて、事例などの実績が揃ってくるのを待つユーザーは、結局、大きな変化に乗り遅れて、チャンスを逃すリスクがあるからだ(図2)。取りあえずHadoopを使ってみて何かやってみよう、ということならそんなにお金はかからないはずだ。そのような取り組みに着手しておくことを推奨したい。

図2●ビッグデータにまつわる誤解(出所:ガートナー ジャパン)
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厳しい経済情勢が続いているだけに、ユーザーは投資対効果のはっきりしないことに着手したがらない傾向があるのでは。

 日本企業の経営そのものが、「経営目標はきちんと数字で語らないといけない」という風潮に偏りすぎているのではないかと思っている。しかし、経営環境のトレンドが大きく変化するときには、変化の兆しは数字にはなかなか大きくは現れてこないものだ。ビッグデータに関して、CIOや経営者がビジョンや定性的な目標を発表する動きがもっとあってよいと思う。

 実際、グローバルに戦っている企業の中には、3~5年後の業績目標を設定するだけではなく、言葉で新しい価値やコンセプトを従業員に語りかけなければ、大きな環境変化に対応していけないことを分かっている経営者も少なくない。ビッグデータ関連ではないが、例えば、トヨタ自動車が2011年3月に発表した「トヨタ グローバルビジョン」を見ると、お客様に笑顔になっていただくために感動を与えていく、など、文章で経営目標を打ち出している。

IT業界側からはユーザーにどのように働きかけるべきか。

 もっとビッグデータ関連のワークショップなどを開くべきだ。そして「御社のブランディングはどうですか」「製品の評判の管理はできていますか」「物の流れは把握できていますか」などと問いかける。そして、そういうデータがどのくらい分析できていて、これからどうするのか、新しい機会としてどんなことを意識しているのか、本質を一緒に掘り下げていきましょう、と働きかけていけばよいと思う(図3)。

図3●向き合い方が将来を決める(出所:ガートナー ジャパン)
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IBMや富士通などを向こうに回して、独立系SIerはビッグデータでどんな取り組みをしていけばよいか。

 専門性を打ち出して先進事例を作っていければ有利になる。ただし、IT業界全般に言えることだが、国内で事例を作るまでの猶予は1年程度だろう。そのくらいで事例情報を出せないとモメンタム(勢い)は長続きしないのではないか。

 今、IT業界の動きに関して懸念しているのは、外資系ベンダーも含めて、各種営業活動をユーザーの保守的な志向に合わせすぎているのではないかということだ。現実的に受け入れられやすい提案ばかり続けていると、極端に言えば「ご用聞き」と同じになってしまう。もっと先端技術を振りかざしてぶんぶん旗を振るようなところがあってもよいのではないだろうか。