「市場環境が激しい中にいる企業においては、戦略を機動的に変更することはとても大切。その一方で、事業部長クラス・営業本部長クラス(事業トップ)は現場の課長クラス(ミドルマネジャー)に『なぜ戦略を変更するのか』の説明をおろそかにしてはいけない」。富士ゼロックス総合教育研究所の坂本雅明 研究室 室長はこう語る。坂本室長は、同研究所が2012年2月に発行した「人材開発白書2012」の調査とりまとめを担当した。

 人材開発白書2012では、32社37人の事業トップへのインタビュー調査と、27社84人のミドルマネジャーへの質問紙による調査を実施。企業が戦略を実行に移すうえで、ミドルマネジャーがどんな役割を担っているか、そしてミドルマネジャーが現場でどんな悩みを抱えているのか、その課題を分析している。

 坂本室長は「戦略を実行に移す上では、事業トップとミドルマネジャーの密な連携が不可欠。事業トップとミドルマネジャーの溝を埋めていくには、『対話』が単純なようで効果的な第一歩だ」と提起する。

(聞き手は高下 義弘=ITpro


特にIT分野においては、事業戦略について「朝令暮改」を是とする企業が多くあります。市場環境や技術の変化が激しい中では妥当な考え方にも思えますが、現場の課長クラス、いわゆるミドルマネジャーが混乱し疲弊しているようにも見えます。

富士ゼロックス総合教育研究所の坂本雅明 研究室 室長
富士ゼロックス総合教育研究所の坂本雅明 研究室 室長
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 IT分野に限らず、戦略が陳腐化しやすい環境にある事業分野においては、事業トップはしばしば、事業戦略を機動的に修整する必要があります。変更した戦略が適切であれば、現場の効果的な行動が増えるため、望ましいと言えるでしょう。

 ただ、ミドルマネジャーにとっては、戦略の変更のたびに負荷がかかります。事業トップが提示した戦略を自分の組織向けに理解し直したうえで、現場のメンバーにも分かる言葉に置き換えて説明し、そのうえで実務を回していく必要があるからです。

 2012年2月に発表した「人材開発白書」の2012年版では、こうした戦略と実行の狭間にある問題点を探るべく、インタビューやアンケート調査を行いました。

 調査の結果、現場のミドルマネジャーの多くが「自組織のメンバーに対して、戦略の変更理由をきちんと説明できない」という悩みを挙げました。今回の調査では調査ボリュームの都合上、その裏にある理由までは確認できなかったのですが、過去の調査などを総合して考えると、次のようなことが推察できます。それは、戦略を立てている事業トップが、ミドルマネジャーに対して「WHY?(なぜ?)」、つまり、「なぜその戦略を採用するのか」という理由をきちんと説明できていないのでは、ということです。

相次ぐ戦略変更、ミドルマネジャー自身が説明不能に

事業トップが戦略立案の根拠や理由をミドルマネジャーに説明できないと、どんな弊害が起きるのでしょうか。

 現場の疲弊感が増し、次第に機能しなくなります。

 日本企業の現場はおしなべて素直でまじめなので、事業トップから「戦略はこうです、だからこうやりなさい」と言われると、ミドルマネジャー以下、きちんと実行に移そうとします。

 一方、実行している途中で事業トップが戦略を変更したとします。現場からすれば、それまで一生懸命積み上げてきた仕事が少なからず無駄になるわけですから、やはり理由を知りたい。現場のメンバーは、「なぜ戦略を変えるのか」「戦略を変えることで、どんなメリットを期待できるのか」についての説明がほしい。

 しかしこのとき、現場のメンバーに指示を出すミドルマネジャー自身が「なぜそのような戦略が打ち立てられたのか」、あるいは「なぜ戦略を変更するのか」という戦略の根拠や背景を理解し切れていないケースが往々にして見られます。つまり現場のメンバーに説明できる言葉を持っていないのです。

 もちろんミドルマネジャー自身の力の問題もあるでしょうが、説明できない大きな理由は、そもそも事業トップが戦略の根拠や背景を、ミドルマネジャーにうまく伝えられていない、というところにありそうです。

 15年~16年ほど前、「ドットコム企業」が話題になった頃から、技術や環境変化の激しさ、それから状況の不透明さを理由に、「とりあえずやってみる」とか「走りながら考える」といった経営スタイルを是とする企業が増えました。もちろん、素早く行動することは大切ですし、ときには朝令暮改も必要でしょう。

 しかし、いろいろな企業のキーパーソンにインタビューしていると、事業トップがミドルマネジャーに戦略をきちんと腹落ちさせることができていない様子が見てとれます。それ以上に、「事業トップが戦略立案の前提となる環境観察とその検討を疎かにしているのではないか」という話もありました。つまり、事業トップが戦略の根拠を論理的に組み立てられていない、あるいは戦略を場当たり的に決定しているということです。これは残念な実情です。