東京大学先端科学技術研究センターと日本マイクロソフトは、障害のある学生のためのプログラム「DO-IT Japan」に共同で取り組んでいる。このたび両者は、DO-IT Japanの新しい活動として「学習における合理的配慮研究アプライアンス(略称:RaRa、Research Alliance for Reasonable Accommodation)」を設立。高校・大学入試において、肢体不自由や書字障害がある受験生がパソコン利用の“合理的配慮”を受けることを支援するソフト「Lime(ライム)」を共同開発し、その利用促進に向けての活動を開始した。

(聞き手は羽野 三千世=ITpro


写真●右から、東京大学 先端科学技術研究センターの巖淵守准教授、マイクロソフト ディベロップメント社長兼日本マイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一氏、東京大学 先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授、近藤武夫講師
写真●右から、東京大学 先端科学技術研究センターの巖淵守准教授、マイクロソフト ディベロップメント社長兼日本マイクロソフト最高技術責任者の加治佐俊一氏、東京大学 先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授、近藤武夫講師

Limeを開発した背景を教えてほしい。

中邑氏:身体障害や学習障害のある生徒は、日常の学習でパソコンを利用している場合が多い。例えば、肢体不自由で鉛筆が持てない生徒でも、指先のわずかな動きで操作できるトラックボールマウスを使ったり、口にくわえた棒でキーボードを打ったりすれば、ワープロソフトを筆記用具代わりにして学習をすることができる。

 また、知的能力と理解能力には異常がないにもかかわらず、文字の読み書きに困難を抱える「ディスレクシア」という学習障害がある。この障害を持つ生徒たちも、パソコンの読み上げソフトを使った学習で読字障害を補ったり、筆記用具の代わりにパソコンを使ってノートを取ったり作文を書いたりしている。書字障害の人の中には、鉛筆では文字が書けなくてもパソコンを使えば正しい文章が書ける人もいる。

 しかし、このような生徒たちが高校・大学の入学試験を受けたいと思ったとき、入試でパソコンの利用を認めている教育機関は少ない。

近藤氏:入試でのパソコン利用が許可されにくい理由としては、日本特有の事情で、「日本語入力ソフトの変換候補から漢字の書き取り問題の答えが分かってしまう」ため、ほかの受験生との公平性が担保できないという問題がある。

 そこで、入試でパソコンが適切に使われたことを証明するために開発したのが、Limeというソフトだ。

Limeはどのようなソフトか。

巖淵氏:Limeは、とてもシンプルなソフトだ。Windowsのアクセシビリティ機能、および日本語入力ソフト「Microsoft Office IME 2010」の機能を用いて、日本語入力時に変換候補として表示されたすべての漢字を記録する。

 漢字変換候補のログを取ることで、漢字の書き取り問題の答えを探すために変換機能を使わなかったかどうかなどが分かり、パソコンが適切に利用されたことを証明できる。

加治佐氏:Limeのデータ取得は、「スクリーンリーダー」などの視覚障害者向け読み上げソフトなどと同じアクセシビリティ技術を使っている。将来的には、漢字の書き取りに出題された特定の漢字を変換候補に表示しない機能などの実装を予定している。

ロギングソフトを導入するだけで入試でのパソコン利用が進むのか。

中邑氏:国立大学の入試を考えた場合、マークシート方式のセンター試験では、マークシートを塗りつぶす支援が認められている。従って、パソコン利用の可否が問題になるのは、二次試験ということになるが、実際には、大学の二次試験などで正しい漢字が書けているかを問う試験は少ないため、同ソフトの機能自体はあまり役に立たない。しかし、Limeを「入試支援ソフト」の名目で用意することで、パソコンを許可しない大学側の言い分をつぶす効果がある。

 理想を言えば、障害児だけでなく、誰でもパソコンなど好きなものを持ち込める受験が実現されればよいと思う。