長く通信業界の調査・コンサルティング業務に従事する野村総合研究所(NRI)上席コンサルタントの北俊一氏。北氏は、目前に迫るモバイルトラフィックのひっ迫に対して「皆でネットワークを守っていく議論が必要」と訴える。犯人探しをする議論よりも、建設的な解決策を求めるべきという立場だ。

(聞き手は堀越 功=日経コミュニケーション、取材日:2011年10月11日)


スマートフォンへのシフトによるトラフィック急増によって、モバイルのネット中立性の問題が浮上しつつある。

野村総合研究所 上席コンサルタント 北 俊一氏
野村総合研究所 上席コンサルタント 北 俊一氏
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 私が構成員を務めた2007年の総務省のモバイルビジネス研究会のときに、携帯電話もパソコンのようにもっと自由にすべきという話があった。そのとはにはまだ、モバイルのネット中立性の話は出ていなかった。まさか日本でもこんなに早くモバイルのネット中立性の話になるとは思わなかった。それは、スマートフォンという携帯電話事業者がコントロールできない端末が流入してきたことに尽きる。

 例えば、NTTドコモの従来型携帯電話機(フィーチャーフォン)には、高度な帯域制御の技術があるという。基地局と端末の間が混んできたときに、周囲の状況を見ながら遅いけれども通信は途切れないという制御しているようだ。

 それに対して、ドコモのネットワークにスマートフォンが初めて入ってきたとき、「異質なものがドコモのネットワークに入ってきた」とドコモの技術者の人が話していた。周りの端末と調整せず、つながりにくいときはもっと帯域を増やす要求をするという、他の端末にも影響を及ぼす仕様になっているというのだ。

 そんなスマートフォンが、まさに販売台数の半分以上になっている。ドコモのトラフィックはきっと大変なことになっていると思う。

 とはいえ海外では、日本以上にモバイルのネット中立性の話は盛り上がっている。モバイルインターネットは日本と韓国以外はごく一部の国でしか広まっていなかった。これらの国ではデータトラフィック用の投資は進めてこなかったが、そこにいきなりiPhoneが登場した。すぐにネットワークがひっ迫してしまい、日本よりもモバイルのネット中立性の話は盛り上がっている。

 米国では、携帯電話事業者の意見も尊重しつつ、コンテンツプロバイダーの自由度を防がないというせめぎ合いが起きている。欧州では携帯電話事業者のほうが若干強く、コンテンツプロバイダーに費用負担させるべきという話も出ている。

日本ではどのような整理、解決策があると考えるか。

 ネット中立性のアカデミックな話をしても神学論争になる。目前に迫った日本のモバイルトラフィックのひっ迫という事態にどう対応していくのか、関係者で課題を解決していく議論が必要と私は考える。

 携帯電話事業者にとって自分たちのネットワークを守らなければならない。でも値上げもしたくないはずだ。

 ただモバイルの場合、固定ブロードバンドと違って複数ユーザーで帯域をシェアしている点に根本的な違いがある。混んでいる電車に大きな荷物を持ってくると、他の人に迷惑がかかる。大きな荷物を持った人を乗せない、超過料金を取る選択肢もあるだろう。

 私の意見は、このようなユーザー間の公平性を担保するために、携帯電話事業者が料金を変更するのはやむを得ない、値上げしてもよいという立場だ。

 ただし、ユーザーに利用を抑制させることはあってはならない。できれば多くのユーザーがデータ定額制を使えるようにしていきたい。そうするために、どうするべきか、しっかり議論すべきだ。そこへの解はたくさんの組み合わせがある。周波数帯の付与の前倒しやLTEなどへの移行の加速、無線LANオフロードなどだ。