「iモード」「おサイフケータイ」「iD」など数多くのサービスを生み出してきた元NTTドコモ執行役員、現・慶應義塾大学大学院政策メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏。そんな夏野氏は、昨今ささやかれ始めた携帯電話事業者による定額制の廃止について、「ユーザー保護の観点から絶対にあり得ない」と語る。

(聞き手は堀越 功=日経コミュニケーション、取材日:2011年11月8日)


モバイルの定額制の廃止がささやかれ始めている。

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野 剛氏
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野 剛氏
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 携帯電話事業者が一度始めた定額制を廃止するというのは、ユーザーにとって絶対にありえない。消費者保護の観点からも考えられない。

 スマートフォンが出てきて最も大きく変わったのは、通信業界の進化の主導権がシリコンバレーに移った点だ。iPhone以前は、通信業界の進化は通信事業者が主導していた。

 例えば、ぼくがNTTドコモにいた時代、常に社内のネットワーク部隊から大容量のパケットが流れるサービスをやられては困るとクレームを受けながら、端末やサービスなどの商品開発を進めていた。例えばドコモで作った「ミュージックチャンネル」というサービスでは、ネットワークに負担をかけないように、大容量のデータ送信は深夜にタイムシフトして送る工夫を施した。このように、これまで携帯電話事業者は、ネットワークのキャパシティとバランスを取りながら商品開発を進めていた。

 ところがスマートフォンは、インターネット業界が主導権を握って商品開発している。ネットワークとのバランスなどまるで考えられずに作られている。携帯電話事業者は、ネットワークとのバランスを取るという道を放棄して、スマートフォンに飛び乗るという安易なビジネスへの道を選んでしまった。

 自らトラフィックをコントロールする道を放棄してしまったために、ネットワークの容量が足りないという事態に直面している。いわばこれは自業自得。スマートフォンにシフトしたときも、従量制ではユーザーに受け入れられないために定額制を踏襲した。でも後になって、やっぱりネットワークを支え切れないと定額制を廃止するのであれば、それは通信事業者として、また免許事業として認められないことだと考える。

スマートフォンの販売台数は事業者の予測を大きく上振れしている。市場自体のコントロールが効かなくなっているのではないか。

 スマートフォンが売れるのは、端末を安く売っているからだ。「らくらくフォン」よりもスマートフォンのほうが安いというのは、ぼくには理解できない。

 ネットワークのキャパシティが足りないのは計算の問題だ。それに対して、どのような対策を取るのかという点が携帯電話事業者にとっては大事だ。

 しかし、ここには定額制を廃止するという手段は選択肢に入り得ない。定額制を前提にスマートフォンを売ってきたからだ。それも端末単独で売っているわけではなく、ネットワークの能力とセットで売っている。その点でも責任は重い。

ネット中立性の議論の中では、サービスプロバイダーなど他のレイヤーにコスト負担を求める動きもある。

 グローバルな事業者へのコスト負担となると、現実的には無理だろう。

 ネット中立性の観点で言うと、トラフィックを占拠している一部のヘビーユーザーに対して、定額制ではなく利用できるパケット量の上限を設けるという考え方がある。これは複数ユーザーで帯域を共有するワイヤレスの場合は、一定の論拠がある。

 ただこのようなプランでは、どの値を上限とするのか。しきい値の設定が難しい。上位数%のユーザーの利用量という考え方でしきい値を設定したとしても、これだけ端末の能力の進化が早いと、1年、2年後には有効な議論にならない可能性がある。その点は気を付けなければならない。