日本のAndroid黎明期に彗星のごとく登場した日本語入力ソフトの「Simeji」。大手企業が作った製品ではない。ソフトウエアエンジニアの足立昌彦氏とデザイナーの矢野りん氏による個人的なプロジェクトから生まれた(関連記事:「Simeji」開発ストーリー)。「シンプルで使いやすいソフトに」という当初からの開発コンセプトは大きな実を結んだ。現在ダウンロード数が180万を超え、プリインストールされているものを除けば最も普及したAndroid用日本語入力ソフトになった。
 この“草の根”プロジェクトに今、転機が訪れている。2011年12月13日、中国検索大手Baidu(百度)の日本法人バイドゥがSimejiに関わる全事業を取得したと発表したのだ(関連記事)。生みの親である足立氏と矢野氏もバイドゥに入社し、Simejiの開発に専念するという。個人の手になるソフトをIT企業が買収するケースは、日本では極めて珍しい。その背景と今後について両氏に聞いた。

(聞き手は高槻芳=ITpro)


いつ頃、どちらからアプローチが始まったのですか。

足立昌彦氏
足立昌彦氏

足立氏:最初にバイドゥから打診を受けて、今年(2011年)の9月末頃から連絡を取り合うようになりました。当時はアメリカで働いていたので(編集部注:足立氏は当時サイバーエージェントアメリカに所属)基本的に電子メールやスカイプを使っていましたね。

 SimejiやAndroidについて企業と意見を交換する機会はこれまでにも沢山ありました。今回もいつもと同じように気軽な気持ちで話し合いを始めたのです。私が伝えたのは、私たちがどのような考えでSimejiを開発しているか、私自身がどんな経歴を持つエンジニアなのかということでした。バイドゥは私の話をじっくりと聞き、彼らがSimejiをどう評価しているかを丁寧に説明してくれました。そうするうちに「Simejiに対する私たちの考えを、バイドゥはちゃんと理解してくれているな」と感じるようになりました。

矢野りん氏
矢野りん氏

矢野氏:私がバイドゥのオフィスを訪問した時は、もっと強烈な印象を受けましたね。中国から来日したエンジニアとディスカッションしたのですが、気さくというか"ファンキー”というか、初めから終わりまでのびのびとした様子だったのです。実はこの時バイドゥの陳海騰(チン・カイトウ)副社長や国際事業担当者も同席していたのですが、お構いなしに「Simejiのこの機能は面白いよね」「こちらの機能を改良したらもっと便利になりそうだなあ」と楽しそうにしていました。

足立氏:そういえば、バイドゥの雰囲気は米国のスタートアップ企業に似ていますね。そうした企業のエンジニアは、たとえ議論の相手が経営者であっても遠慮せずに自分の意見をきっちりと述べ、その上でチームの一員として、問題解決に向けた知恵を出し合います。バイドゥのエンジニアとディスカッションしている時も同じ印象だったのです。「多くのユーザーが求めるような良いアプリやサービスを産み出し、彼らにきちんと届けたい」という情熱を感じました。
 こうした考え方はSimejiの開発コンセプトとも一致しています。Simeji事業の売却について話が進み始めた時も「バイドゥのエンジニアは"根っこ”の部分で私たちと同じ方向に向かって仕事に取り組んでいる」という思いが支えになりました。

Simejiの売却にはどのような理由や背景があったのでしょうか。

足立氏:大きな理由の一つとしては「Androidの急激な進化に対して(Simejiを開発するための)手が追いつかない」という事情がありました。