文部科学省の調査によると、全国の公立学校(小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校)におけるパソコン1台あたりの児童生徒数は平均6.6人(2011年3月末時点、東日本大震災の影響による回答不可能学校373校を除いた数値)だった。シンガポール2.0人(2010年時点、小・中・高校)、米国3.2人(2008年時点、小学校)、英国3.6人(2009年時点、中学校)など諸外国と比較して、国内の教育現場におけるパソコン整備は遅々として進まない。日本マイクロソフトで教育向けのICTを担当する中川哲文教ソリューション本部長は、整備の遅れを解消する鍵は「教育クラウド」にあると指摘する。

(聞き手は羽野 三千世=ITpro

国内教育分野におけるICT環境の現状をどう捉えているか。

日本マイクロソフト パブリックセクター統括本部 業務執行役員 文教ソリューション本部長 中川 哲氏
日本マイクロソフト パブリックセクター統括本部 業務執行役員 文教ソリューション本部長
中川 哲氏

 小中高学校におけるICT環境の整備は、パソコン1台あたりの児童生徒数の調査結果から分かるように、米国、英国、シンガポールなどのIT先進国から大きく後れを取っている。今なお、国内の学校のパソコンは「パソコン教室」にまとめて置いてあるのが主流であり、通常の教室でパソコンを使える環境が整備されているところは少ない。

 義務教育の分野でICTに期待されることは大きく三つある。一つ目は、インターネット検索を利用した調べ物学習や、教育ソフトを使った理解の支援などを通じて基礎学力を底上げすること。二つ目は、電子教科書などを利用して、児童生徒の理解度ごとにパーソナライズされた授業の実現。三つ目は、ICTを使ったグループ学習でコミュニケーション能力を高めることだ。

 これら三つの目標を達成するには、「パソコンの授業」でパソコンに触れるのではなく、算数や理科、社会など通常の授業で1人1台のパソコン環境が使えることが望ましい。こうした用途では、グループ学習や室外での授業にも使えて、キーボード入力が困難な小学校低学年でも使いやすいタブレット型パソコンが最適だ。

 一方、大学教育の分野でICTに期待されるのは、学生の“仕事力”を向上させること。仕事に必要なICT能力とは、Excelでグラフが作れることではなく、ビジネスのアジェンダを理解してPowerPointなどで表現するコミュニケーション力や、オンライン会議で議論を引っ張るリーダーシップ力だ。

 日本の学生の多くはパソコンおよびインターネットサービスを使いこなしている。しかし、ビジネスで必要なコミュニケーション力やリーダーシップ力は、友人とチャットやSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で会話しているだけでは身に付かない。経営環境が厳しくなるなか、企業は“社会人ready”な学生を採用する傾向が強まっており、大学での社会人力養成は今後ますます重要になる。

国内で小中高校へのパソコン環境整備を推進するためには何が必要か。

 義務教育でのICT利用は、ただ人数分のパソコンを買ってきて配れば実現するわけではない。パソコンを配る前に、ICT教育を効果的に行うための仕組みを整備する必要がある。

 日本の教育制度の優れている点は、全国で均一な学習環境を保障していることだ。年間の授業は学習指導要領に基づいてスケジュールされており、子供が全国のどこへ転校しても学習進度に大きな差異はない。この体制は、将来に渡って守ってほしいと思う。

 同様に、ICT教育についても、児童生徒全員に平等な教育機会を提供しなくてはいけない。そのためには、教育分野向けのクラウドの整備が急がれる。教育クラウドを全国の学校のICT基盤とすれば、地域や設備、教師のICT習熟度による教育格差がなくなる。

 ICT教育推進のためには、教師に負担をかけないことも重要だ。現在、教育分野でのICT設備は、学内サーバーを設置して教師が運用しているケースが多い。教育クラウドから、児童生徒用のパソコン設定、教育コンテンツの運用・配布を行えば、教師は運用・保守などの業務から解放され、本業に集中できる。また本業でも、全国の教師と問題を共有したり、教材を共有したりと、教育クラウドは教師を助ける。