「大丈夫か」が変革の障害

東日本大震災からの復興で、多くの人々が今のお話のような実践知を発揮し、「共通の善」に向かって奮闘しています。

 やはり、乱世や大きな天変地異が起こったときに、ヒーローが出てくるものなのです。

 革新を起こすヒーロー、起業家的人材は基本的には非論理的なのです。イノベーションは論理では出てきませんから。論理的に出てくるのでしたら、誰にだってできてしまいます。イノベーションとはそうではなく、論理を超え、未来をつくることです。

野中 郁次郎氏
写真:中島 正之

 ですから、周りでは「大丈夫か」というような言葉が飛び交うわけです。でも、「大丈夫か」と聞かれても、論理的に大丈夫と答えられないですよね。それこそがオーバーコンプライアンスです。そういう問いを発する人は大概、付加価値を直接生み出していない法務や財務の人たちです。成熟した社会や企業では、そういう“傍観者的な立場”の人が、組織の中枢を占め、イノベーションを起こすリーダーが出にくくなります。

 そんな状況を破る一番大きな契機は例えば戦争。既存の規範、構造、システム、文化が崩壊する非常時です。天変地異でも同じことです。今回の震災でも、多数の無名のヒーローが出てきました。ソーシャルメディアのような仕組みを活用し、いろいろな思いを持ち、新たなことに取り組む人が時空間を超えてつながる、そんな試みが出てくると思います。

そうは言っても、非常時に真っ先に行動できる人と、そうでない人がいます。その違いはどこからくるとお考えですか。

 今回の震災では、日ごろから避難訓練を実施していたコミュニティーでは、多くの人が助かっていますよね。すごく重要なのは日々のルーチンなのです。

 ルーチンにも創造的なルーチンというのがあります。エクセレンス(卓越した点)の無限追求というのがコモングッド(共通の善)だと、アリストテレスは言っていますが、先ほど述べた職人道に通じます。日常の連続のなかで非連続の契機をつかもうとする、そんな「凡事の非凡化」ができていると、非常時に大きな力となります。

求められるプロデューサー

「凡事の非凡化」は日常のビジネスでも重要そうですね。

野中 郁次郎氏
写真:中島 正之

 日常においても、現実のちょっとした差異が大きなイノベーションにつながるケースがあります。ただし、日々のちまちましたことを見ていないと、その差異が分かりません。スティーブ・ジョブズは、ものすごく細かいでしょう。細かいのだけれども、改善にとどめないのが、すごいところです。

 iPodは単なるモノではありません。そのモノを媒介にして、音楽配信という感動経験、つまりコトを提供する。それが価値なのです。では、モノが必要ないかと言えば、そうではない。コトはプロセスであるため見えません。コトはモノを媒介にして成立するのです。スティーブ・ジョブズは、そうした大きな関係性を読んで、コトの本質をつかんだうえで、モノを生み出したのです。

 今後は日本企業も、関係性が読めてビジネスモデルにまで展開できるような人材、つまりプロデューサーをもっと育成していかなければなりません。そもそも日本の黄金時代をつくった企業は、創業者が皆プロデューサーだったのですよ。

一橋大学 名誉教授
野中 郁次郎(のなか・いくじろう)氏
1958年3月に早稲田大学政治経済学部卒業、同年4月に富士電機製造入社。72年9月にカリフォルニア大学バークレイ校経営大学院博士課程修了、Ph.D.取得。77年4月に南山大学経営学部教授。79年1月に防衛大学校教授。82年4月に一橋大学商学部産業経営研究所教授。97年4月に北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科長。2000年4月に一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授。06年4月より現職。1935年5月生まれの76歳。

(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)