ソーシャルメディアとスマートデバイス(スマートフォンやタブレット機)によって、消費者の消費行動は大きく変わろうとしている。「人類史上かつてないほどのコミュニケーション革命が起こっている」。アクセンチュアの清水新エグゼクティブパートナー(経営コンサルティング本部戦略グループ)はこう強調する。清水氏によれば、ソーシャルメディアとスマートデバイスの登場によって、企業活動のモデルも大きく変わりつつある。いま企業が変わるべき新しいモデルと、ITのあり方について清水氏に聞いた。

(聞き手は高下 義弘=ITpro


街行く人を見ると、スマートフォンを持つ人が増えてきました。みんなスマートフォンからTwitterやFacebookを頻繁に利用しています。

アクセンチュア 経営コンサルティング本部戦略グループ エグゼクティブパートナー 清水 新氏
アクセンチュア 経営コンサルティング本部戦略グループ エグゼクティブパートナー 清水 新氏
[画像のクリックで拡大表示]

 TwitterやFacebookといったソーシャルメディアは、いまだかつてない形で人々のコミュニケーションを変えようとしています。人類史上、例のない大変革です。これは決して大げさな表現ではありません。

 また、スマートフォンやタブレット端末といった「スマートデバイス」の登場が、ソーシャルメディアの利用に拍車をかけています。いつでもどこでもソーシャルメディアのアプリケーションを手軽に利用できるので、ますますソーシャルメディアへのアクセスが増えています。

 消費者はソーシャルメディアを通じて、知人が書き込んだ情報を手に入れ、それを参考に商品やサービスを購入しています。さらには自分でも、利用体験談や感想を書き込んでいます。このようにしてソーシャルメディアという情報空間の上では、顧客の声の共有とフィードバックが頻繁に起こっているのです。

 知人や友人による感想や評価は、人の意見の形成に大きく影響を与えます。新聞やテレビといった既存メディアの影響力が相対的に低下していることもあって、ソーシャルメディアを通じて得られる情報は、消費行動に大きな影響を与えています。

ソーシャルメディアからの声を経営に採り入れよ

 これまで多くの企業は「お客さま第一」あるいは「顧客の声を経営に反映」と宣言してきました。これが本当にできていたかどうかはさておき、ソーシャルメディア上で顧客の本音がひっきりなしに飛び交い、それをもとに消費者が購買行動を起こすようになった今、企業は本当に真剣に顧客の声に耳を傾けて自社の経営に採り入れない限り、生き残っていけない時代に突入しました。

 企業はとにかくすぐに組織や仕組みを再設計する必要があります。ソーシャルメディアなどから得られる顧客の声をベースにして、研究、製品やサービスの商品開発、マーケティングやセールス、カスタマケアといった企業活動がそれぞれ展開されるようにするのです。

 実際、P&Gやユニリーバ、サムスンやLGグループなどのグローバル企業は、すでに社会の動きに合わせて、企業活動のモデルをこうした「あるべき姿」に変革しつつあります。研究開発などそれぞれの個別領域について見れば、もう「普通にできている」というレベルにまで至っています。

現在の日本企業は、そうした体制に変わることができていますか。

 正直、先に申し上げたグローバル企業に比べて、遅れていると言わざるを得ません。過去20年間、日本企業は経営に関してイノベーションを達成できていません。製品や技術などの個別領域は別ですが、新しい経営のやり方を可能にする仕組みや、知的労働従事者の生産性や仕事の質を上げる仕組みの構築には、ほとんど成功していないのです。海外の主だった企業がその間に経営のイノベーションを果たし、グローバル経営を実現しているのに、これは大変まずい状況です。

 アップルではCOO(最高執行責任者)であるティム・クック氏が、全世界における製品ごとの販売状況を頻繁にチェックし、それをもとにオペレーションを決めています。当然、その裏には世界の販売網から上がってくる各種情報について、タイムラグを最小限に抑えつつ「見える化」するICTと業務の仕組みが存在しています。ICTを使って経営のイノベーションを果たしたのです。

 アップルは今、「Apple TV」でTV市場に対して再び挑戦をしています。またか、とも思えますが、アップルは精緻な情報システムと業務の仕組みを持って再挑戦している。アップルとしては何もかも計算したうえでの再挑戦であるはずです。

 ソーシャルメディアに話を戻しますと、そもそも「全社レベルで顧客の声を活用できる仕組みを整備しよう」とか、「ICTを使って意志決定のやり方を変えよう」といった形で、経営トップの変革に対する強い意志が必要です。これがなければ、たとえ現場レベルでソーシャルメディアに取り組んで成功したとしても、部分的なものに終わってしまうことでしょう。

 過去にこれだけ経営とICTの関係の深さが言われてきたにもかかわらず、いまだ日本企業は経営とICTの間の溝が深い。例えば製品開発の側面について言えば、ご存じの通り日本の家電メーカーはICTの時代に移行するにつれ、海外メーカーに優位を譲りつつあります。日本のメーカーが機能やスペックにこだわりすぎてきた結果、消費者の関心が機能やスペックから「体験」にシフトしたことを見逃してきたのです。

 ユーザーに豊かな体験を与えるのは今やICTです。ICTの活用に長けた米国の企業が、体験を重視した製品やサービスで成功を収めている理由は、ここにあります。

そのような時代に、企業でIT部門に所属する人や、ICTを自社のビジネスに生かす方法を考える人は、何に気を配るべきでしょうか。

 「人々の生活や仕事の中で、いまICTがどう使われているだろうか。今後はどうICTが使われるようになるだろうか」。このような観点から、自分で考えるということがとても大切です。それは社員だけでなく、経営者も含めてです。

 個別の施策について言えば、自社が提供できる価値を再定義する、ソーシャルメディアを活用して顧客と対話する方法を検討する、クラウドを活用してITインフラを再設計する、個別の製品やサービスでユーザー体験の提供を明確化する、などが挙げられます。ただそれらは、そもそも「ICTでどう社会が変わるか」という考えが明確になっていればこそ、生きてくるものです。

 ソーシャルメディアやクラウドといった新しいサービスや技術の登場で、ICTにかかわる人の個別の仕事や方法はどんどん変わってきています。ですが、「ICTを自社のためにどう活用すべきか」といったことを考える仕事はなくなりません。むしろ様々な技術やサービスが登場する中で、ICTの活用方法を全社的な観点から考える必要性が高まっています。ICTにかかわる人々には、今後さらに高度で戦略的な仕事が求められることでしょう。