携帯電話の加入者数が伸び悩む一方で、赤字続きの固定通信事業も持つKDDI。ただスマートフォン展開では、好調な滑り出しを見せる。法人事業では、他社に先駆けた新手のサービスでシェアを確保しつつある。2011年以降の展開はどうなるのか。2010年12月に就任した田中社長に聞いた。
新社長としてのミッションは。
まず、すべての従業員のマインドセットを変えることだ。10年前、DDI/IDOとの合併から数年間は、従業員みんなに危機感があった。第3世代携帯電話(3G)を展開し、定額制、着うたなど、いろいろなサービスを他社に先駆けて打ち出し、業績も好転した。
ところが、改善とともに危機感が徐々に薄れ、だんだん自ら行動を起こすことがなくなった。それを、もう一度、従業員が自ら考えて行動していく「戦うKDDI」に変えていく。
戦うKDDIにとっての武器は何か。
固定からモバイル、CATVと複数のネットワークを1社ですべて提供していること。通信事業者として持っているべきものがバラエティーに富んでいる。これを生かすことが重要だ。
これからはスマートフォンがマジョリティーになり、豊かな使い方が一般的になる。WiMAXのような新しい高速無線技術も浸透していく。さらに将来を考えれば、急増が続いている無線トラフィックの半分を固定に流す必要があると考えている。環境は我々にとって追い風になってきている。やるべきことは、アクセルを踏むこと。とことんやり切れば他と一線を画す、際立ったサービスが生まれてくる。
3Gに定額制を入れたときも、ビジネスモデルが崩壊すると言われた。しかし定額制を導入したことでコンテンツビジネスが花開いた。ダブル定額を採用してARPU(加入者一人当たりの月間売上高)が上がる仕組みも確立し、成長に向かうロードマップを引けた。
次の4四半期(1年)を使って、マインドセットを変えるための活動をしていく。4月には、組織もシンプルで動きやすい形に変える。
就任会見では「スマートパイプ」を提供していくと言っていたが。
アップルなど、端末とクラウドをセットにしたビジネスモデルが台頭してきた2009年頃から、通信事業者は通信回線だけを安く提供するダムパイプになり、あとはすべてサードパーティーが提供するようになると言われた。
確かに彼らは強い端末を持っているし、それが市場にも受け入れられた。ただ、通信事業者が高速な通信回線を安く提供するだけになるのかというと、そんなことはない。
ネットワークインフラには、いろいろな機能・仕組みが内在している。ネットワークレイヤーではトラフィックを差異化できる。コンテンツ課金などの回収代行もできる。通信ログも取れるし、アドレス帳、位置情報などの情報も取得・活用できる。
これらを、いま花盛りのSNS(Social Networking Service)など上位レイヤーのサービスと組み合わせれば、新たな付加価値を生み出せる。KDDIはその付加価値を一緒に提供できる通信事業者になりたい。この理想形を「スマートパイプ」と呼んだ。
シンプルな例を挙げると、ダウンロードは高速な回線がある自宅でやって、それを外で見られるようにするといったことだ。そういう仕組みは、KDDIが開発できるものだと思っている。
ただユーザーからすると、マルチネットワーク環境の切り替えが面倒だったり、使い分けが煩雑だったりと、課題がありそうだが。
複数のネットワークを一つに見せることは、技術的には既にできている。ただユーザー目線で考えると、携帯で料金がいくら、固定でいくらという今のサービスでは、「こんなに払うのか」と思ってしまうことは確かだろう。だから、今までのように縦割りで回線を売るのとは違うビジネスモデルを作っていく。例えば携帯を持っているユーザーは固定回線もお得に契約できる、というようにマルチネットワークをパッケージ化する。それも、単に少し割り引くという程度ではなく、一つのサービスを使っているとどんどんほかも組み合わせて使いたくなるような、そういうサービスを作り出せると思っている。
田中 孝司(たなか たかし)氏
(聞き手は,河井 保博=日経コミュニケーション編集長,取材日:2010年12月8日)