宅急便のアジアでの展開を急ぐヤマト運輸。日本発のグローバルスタンダードの野望に燃え、シンガポール、上海に続き、2011年は香港、マレーシアでもサービスを開始する。併せて、国内での新規事業の育成にも力を入れる。IT先進企業でありながら、「IT活用だけで安心するな」と説く木川眞社長に、その事業戦略と、経営におけるIT活用の勘所を聞いた。
2010年度は、ヤマトグループの中期経営計画の最終年度です。
今回の「満足創造3か年計画」は、事業構造の変革と同時に、我々のDNAの原点に戻るという思想を入れました。それはネーミングそのものですが、顧客の満足を創造することです。宅急便の付加価値をさらに高めて伸ばしていくために、その原点に戻って再度明確に追求してきたわけです。
事業構造の面では、グループ全体の8割が宅急便などのデリバリー事業で、ウエートがあまりにも高い。宅急便を始めてから35年になります。成熟した市場に依存し続けると成長力を失います。企業が活力を失うというのは怖いことです。そこで宅急便が伸びているうちに、その周辺で我々が強みを出せる領域を伸ばそうとしてきました。例えばロジスティクスや物流関連の情報システム、引っ越し、物販、物流金融といった事業領域です。
ヤマト運輸に絞った話として新しい市場はというと、一つにはより地域や個人に密着した領域があります。宅急便は全国で均質なサービスを提供してきたのですが、過疎化や高齢化の進展で別の可能性が生まれつつあります。買い物などが困難になる生活弱者の問題は、高齢化や過疎化の問題と表裏一体です。我々はそういった状況を変えるためのインフラになることを目指しています。
もう一つは海外展開です。シンガポールと上海では2010年1月からサービスを始めましたが、日本と同じ品質のサービスを提供しています。我々のサービスは純粋な役務なので、担い手は現地の人以外にはありません。つまり、ビジネスモデルの輸出です。我々は、宅急便という日本のスタンダードをグローバルスタンダードにしたいという野望を持っています。もちろんその際、国によって違うサービスがあってもよい。品質においてグローバルスタンダードになりたいということです。
人はITではつくれない
成果はいかがですか。それを踏まえた今後の事業計画についても教えてください。
やるべきことはやってきましたが、数字はまだまだ。売り上げや営業利益も、リーマン・ショック後の景気変動の影響が大きく、今になってようやくスタート台に戻ったといった感じです。
ですから、次の3か年では、ヤマト運輸としては満足創造をさらに深化させ、着実に果実を取れるような状況にまで高めたいと考えています。今も取り組んでいますが、顧客の満足だけではなく、環境問題への対応などを通じて社会の満足を高めるとともに、社員の満足の向上も目指します。
社員満足ですが、実はITとの関係で意外に大事な問題なのですよ。事業構造の変革はITなしでは語れないのですが、我々はそれだけでは駄目だと考えます。サービスそのものが人ですから。人はITではつくれません。ここが我々のビジネスの難しいところです。
冒頭におっしゃった原点に戻ろうという問題意識も、そこから来るのですか。
その通りです。ヤマト運輸単体で14万人、グループ全体で17万人の社員一人ひとりのモチベーションを高めない限り、サービス品質を維持し続けるのは不可能です。ところが人が増えてくると、会社の方針などが正しく伝わる保証はありません。
そこで我々は、イントラネットなどITの力も借りたコミュニケーションツールを用意してきたわけです。これはものすごい威力を発揮しています。ITによって業務を効率化することで、仕事も少しずつ楽になりました。IT活用でサービスレベルが上がるわけですから、顧客にも喜んでもらえます。
しかしその結果、ITによるコミュニケーションで安心しきっている状況が生じました。でも相手は人間だから、ITツールだけでは正しい情報や経営の思いは伝わりません。徐々にコミュニケーションに感情が入らなくなってきたのです。
そこで原点に戻ろうというわけです。顧客に対して本当に喜んでもらえるサービスを提供できているのか。そうしたことを顧客とのアナログでのやり取りで確認すると同時に、社員同士のコミュニケーションもアナログでやる。
社員のほとんどは、宅急便が花形商品になった後しか知らない人たちです。人も企業もいつの間にか慢心するものです。一つ間違えると、顧客の本当の声が入らなくなります。
実は4年近く前、私が社長になった頃ですが、全国69の主管支店では、営業の責任者である主管支店長が顧客とのコミュニケーションを十分にとれていませんでした。そこで、「主管支店長は顧客のところに行け」というメッセージをアナログで出しました。
それぞれの地域に私や役員が出向いていって、顧客のニーズなどを検討する戦略会議をやったのです。出てきた案が良ければ、「やってみよう」と直接お墨付きを与えました。現場が顧客の声にビビッドに反応できるような体制を目指したわけです。1年ぐらいたつと、そうしたことが当たり前のこととして回り始めました。
木川 眞(きがわ・まこと)氏
(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)