[後編]プライバシー終焉のときが来る 今後のITトレンドの把握が重要に

さらにその先のITトレンドについては、どのようなことが予想されますか。

 コンテキスト・アウェア・コンピューティングなど新たな試みが活発になり、センサーや端末があらゆるところに普及すれば、プライバシーの問題に行き当たります。賛否両論があるでしょうが、今後の5年間のうちに、「プライバシーの終焉」を迎えるかもしれません。

 私たちが何をしていて、どこにいるのかという情報、さらに、どういうものを買っているのかという情報は、一部ですがすでにインターネット上に存在しています。それをマイニングしている企業もあります。

 良い点に着目すれば、我々が今抱えている問題、例えば高齢化社会の課題を解決する一助となるかもしれません。ビデオやセンサーネットワークの技術を使うことで、高齢者に何かあったときにモニタリングできます。でも、その人たちのプライバシーは、はっきり言ってないに等しいわけです。

さすがに、そういった話は日本ではまだ受け入れられそうにありません。米国ではどうですか。

 若い人たちは、こうした考え方を受け入れつつあるのではないかと思います。彼らは様々な人に見られることを承知のうえで、Facebookなどソーシャルネットワークに自分の個人情報を入れています。

デール・カトニック 氏
写真:陶山 勉

 もちろん、社会も変わっていかなければなりません。自分のプライバシーを公開するけれども、それによって自分が不利になるようなことがない社会である必要があります。

 技術的にはプライバシーの終焉の方向に進んでいる一方で、社会の進み具合はずっと遅れています。すでにクレジットカード会社などは、個人情報を容易に集めて分析することができます。実際、インターネット上でどんな買い物をしているのか、データマイニングをしています。それと同じことを、政府もできるのです。ですから、法制度の整備が重要になってくると思います。

 さらにその先、10年から20年先はどうなるか。高度な情報機能を人体に埋め込み、脳に直接接続するというようなことも、可能になるかもしれません。人間とコンピュータの力が合成されて、何らかのシナジーが生まれてくることも見通しておくべきでしょう。

大変興味深いお話ですが、日本企業のCIOにそんな話をしても、関心を示さない人が多いでしょう。米国のCIOは、こうした話から自らのビジネス課題に落とし込んでいるのですか。

 米国企業の半数以上のCIOは、今後のITのトレンドを理解したうえで、自らも収益を上げるビジネスにかかわっていかなければならないことを、頭では理解しています。そのための準備も進めていると思います。

 ただし、ビジネスを直接担っている利用部門など、周りがそれを許さないことが多いのです。それに人の問題もあります。情報システム部門は今まで、いわゆる“技術屋”ばかりを採用してきたので、CIOの問題意識が情報システム部門に浸透するまでには時間がかかるでしょう。

 日本企業のCIOは関心を示さないとおっしゃいましたが、日本にも少数ながら、顧客に焦点を当ててITトレンドを理解しようとするCIOもいますよ。

若い技術者を海外に出そう

中国・アジアなど新興市場の開拓を急ぐ日本企業は、情報システム、あるいは情報システム部門のグローバル化も急ピッチで進めようとしています。そうした企業のCIOに、何かアドバイスすることはありますか。

 日本企業だけでなく、欧米や中国、そして中南米などすべての企業のCIOがグローバル化の意味を知らなければなりません。国内の今ある仕組みを前提にプロセスを作ろうとするのではなく、まずCIOや情報システム部門が世界中の顧客のことを知らなければならないのです。

 日本企業の場合、島国的な文化のなかにあったわけですが、自動車産業や電機産業を中心に、輸出についてはうまくやってきました。特に1980年代は、日本企業にとって“黄金の時代”だったと思います。それがここに来て、どんどん島国的な内向き志向に戻ってしまっているのが気になります。“失われた時代”と言ってよいでしょう。皆、外へ出るのをやめてしまったかのようです。

 ですから、日本企業、そしてCIOはもっともっと、若い技術者たちを海外へ出さないといけません。無理やりにでも、若い人たちを海外に出して、国境の外の現実を見せないとダメです。そこで何が起こっているかを自分の目で見て、異なる文化や環境を知るようにさせることが重要なのではないでしょうか。

米ガートナー シニア バイス プレジデント
デール・カトニック 氏
米エール大学を卒業。ヤンキーグループやバッテリー・ベンチャーズを経て、ガートナーでリサーチ担当エグゼクティブ バイス プレジデントなどを歴任後、1989年にメタ・グループを共同で設立。2005年4月、ガートナーが同社を買収したことにより、ガートナーに入社。リサーチ部門のシニア バイス プレジデント兼ディレクターなどを務める。現在は、リサーチとアドバイザリーサービスをITエグゼクティブ向けに提供する「ガートナー・エグゼクティブ・プログラム(EXP)」の統括総責任者。

(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)