[後編]ITをテコに「Change」できる インフラよりサービスを議論すべき

そのような人材が今後は増え、日本経済は元気になりますか。

 なりますよ。多くの日本人が、このままではまずい、と分かってきましたから。ビジョンや方向性さえ明確になれば、変革する企業が増え、活性化していくと思っています。

 情報化の波が来たのは、90年代以降です。それから20年が過ぎました。ネットワーク化やモバイル化が進んだ時代に社会に出てきた人材は、今では中堅以上になり、社内でも力を持ち始めています。こうした人材が増えてきたこともあり、ITを上手に活用し改革を進める企業は増えるでしょう。

 米国も、経済が停滞していた時期から20年ぐらいたって、ITなどを上手に活用して「Change」しました。日本も、ITをテコに変化できる時期を迎えた、と言えるのではないでしょうか。

IT利活用の重要性を訴えていますが、注意すべき点は何ですか。

 先ほどお話したように、業務や組織など仕組みを見直すことが重要でしょう。さらに、「何でも人がする無駄」「何でもIT化する無駄」「標準化しない無駄」という三つの無駄を省くことを考えながら、情報化を進めるべきです。

 そうすれば、大胆に企業改革できるでしょう。ITの導入効果を最大限に享受できて、「変化し続ける」という体質が企業に身に付く。新しいことに挑む社風に変わり、中堅・若手社員の意欲も高まる、という好循環が生まる。私はこう考えています。

サービスに関する議論が不十分

国の情報化についてはいかがですか。政府のIT戦略本部が、今年6月にIT戦略の工程表を公表しました。

篠崎 彰彦(しのざき・あきひこ)氏
写真:室川 イサオ

 「国民ID制度」の導入など様々な施策が出ていますが、内容自体に問題があるとは思いません。でも心配なのは、ハードウエアやシステム、インフラをどうするかといった議論が中心になっている点です。重要なのは、ITを使って実現するサービスそのものです。

 ブロードバンド環境などインフラ整備については、すでに日本は他の国よりも進んでいます。でも、サービスをきっちりとデザインする力が弱い。

 「霞が関クラウド」といった構想は良いと思います。でも、上位レイヤー、つまりどのような行政サービスを提供すれば、国民に喜ばれるのかといった議論が十分ではありません。

 日本よりもブロードバンド環境の遅れている米国で、なぜグーグルやアマゾンといった新しいタイプの企業が登場するのか。なぜ、クラウドコンピューティングといった新しい概念が出てくるのか。

 日本もインフラ主導ではなく、インフラを使って展開するサービスの在り方や流通させるコンテンツについて、もっと真剣に考えなければなりません。

国や企業がIT導入による効果を最大化するには、日本のITサービス会社の役割も重要です。

 その通りです。ビジネスチャンスも増えています。クラウドビジネスには、大きなポテンシャルがある。クラウドコンピューティングが普及することで、IT利用者のすそ野は広がります。

 つまり、これまで顧客ではなかった人が顧客になるということです。こうした顧客を取り込むには、既存のビジネスのやり方だけに固執していてはまずい。ビジネス機会を逃してしまいます。

 クラウドビジネスだけでなく、日本のITサービス会社の経営者はグローバル化を強く意識すべきだと思います。海外に進出している日本企業の情報化ニーズに応える。これができれば、日本のITサ ービス会社も世界でビジネスを展開するノウハウを身に付けることができるでしょう。

九州大学 大学院 経済学研究院 教授
篠崎 彰彦(しのざき・あきひこ)氏
1984年、日本開発銀行入行。88年から90年まで経済企画庁調査局委嘱調査員。99年、九州大学経済学部助教授に就く。2000年に九州大学大学院経済学研究院助教授、01~03年まで米ハーバード大学イェンチン研究所客員研究員。04年から現職。日本経済研究センターの特任研究員も務める。

(聞き手は、戸川 尚樹=日経コンピュータ)