Web APIを外部に公開し、利用を促す「オープンなWebを推進する企業」が増えている。これらの企業の一部は既に、「Web APIを出すのが先決」という初期フェーズから、Web APIを提供することによる事業への貢献が具体化してきたフェーズに移りつつある。

 この連載では、APIの公開や外部の開発者(サードパーティ)が参加可能なプラットフォームの提供など、開かれたWebを推進する企業各社の担当者、キーマンにインタビューを実施し、企業Webのオープン化について展望していく。

 連載第1回である今回は、「バリアフリー」という自分たちの目指す未来に向けて、開発者を巻き込んだエコシステム形成にチャレンジするNHK報道局のユニークな試みに迫る。

 企業Webのオープン化によるサードパーティの活用に関しては従来、GoogleやYahoo!といった、いわゆるWeb関連企業において多く見られてきた。NHK報道局は、Web関連企業ではないにも関わらず、オープン化によってサードパーティに直接アプローチする取り組みを実施している。

(聞き手は佐藤有美=フリーライター)
今回のオープンWeb推進企業
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●企業(組織)名:日本放送協会(NHK)
●Web APIを公開しているサイト:NHKニュース
●Web APIで提供している情報:NHKニュースポータル カテゴリ別ニュース一覧(最新7日分)。
●Web APIの提供形態:記事のテキストをRSSとして提供
●公開開始時期:2006年12月15日

Webのオープン化を推進する目的は何でしょうか?

写真●NHK報道局 ニュース制作センター(メディア展開)友田一示 氏(左)と東英司 氏(右)
写真●NHK報道局 ニュース制作センター(メディア展開)友田一示 氏(左)と東英司 氏(右)
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友田:NHK報道局には「すべての方に身近に感じていただきたい」という思いがあります。Webによる情報発信もその一環です。しかしWebにおけるバリアフリーの試みは、NHKに限らず、「すべての方に身近に感じていただく」までは進んでいないように思います。例えば、視覚障がいの方がテキスト読み上げソフトを使って楽しんでいただくというようなものはあるのですが、それ以降、大きなアイデアは出てきていないのではないかというのが率直な感想です。

 現在におけるWeb技術の向上は、「動画が早く見られるようになった」とか「新たに○○ができるようになった」といった、現状にプラスアルファする側面が多く、「見ることができない」「聞くことができない」といった遮断されてしまったサービスのマイナスを補う面での向上は比較的少ないように感じます。今後は、エンジニアの方々にバリアフリーに、もっと目を向けてほしいという思いがあります。

 今回、こうした私たちの考えをより多くの人たちに知ってもらうため、マッシュアップ開発コンテスト「Mashup Awards 6」(MA6)にリーディングパートナー企業として参加し、「Barrier free on Web 賞」を提供して、皆さんのアイデアを募集することにしました。聴覚に障がいのある方が目で見て楽しめたり、逆に視覚に障がいをお持ちの方が音声で楽しめるようなアイデアを幅広くご提案いただきたいと思ってます。

サードパーティによるAPIの活用事例を教えてください。

東:ニュースのRSSフィードを「Twitter」に表示したり、Googleのガジェットに組み込んだりといった利用がされているようです。一般的なニュース映像に関しては、放送後、Web用に加工し、10分から1時間程度でインターネット上に公開され、また、突発的な事件が起こった場合などには、データ放送の後に、ほぼ同時タイミングで公開されています。

 NHKにはWeb全般を統括する、編成局デジタルサービス部という部署があります。全社的なWeb戦略は、そちらで管理していますが、今回、MA6への参加に踏み切ったのは、報道局の自主的な判断による取り組みです。Webのオープン化の流れに関しては、報道局の上層部も含めて理解があります。

図●NHKニュースのWebサイト
図●NHKニュースのWebサイト
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オープン化により、どのような成果を期待されますか?

友田:NHKでは、平成21年度から3カ年の経営計画として「いつでも、どこでも、もっと身近にNHK」というテーマを設定し、その中で“3-Screens(スリースクリーンズ)”を推進しています。“3-Screens”展開とは、従来のテレビだけではなく、PCや携帯端末などに対する情報の開示を強め、NHKをもっと皆さんに身近に感じてもらおうという試みです。特に、若年層の方々の視聴率を高めていきたいと考えています。オープン化も、より多くの方々がNHKに触れていただけるよう、“3-Screens”の一環として実施しています。

 Webに関して、NHKの報道はテレビ局の中でも後発であり、最も遅れているかもしれない、といった危機感を抱いています。APIをオープンにし、より多くの人に利用を呼びかけることで、皆さんにアイデアをいただきたい、教えていただきたい、育てていただきたいという気持ちで取り組んでいます。たくさんのエンジニアの方々からの、Webにおけるバリアフリーのブレイクスルーになるようなアイデアを期待しています。

リスト●提供しているRSSの例
<rss xmlns:nhknews="http://www.nhk.or.jp/rss/rss2.0/modules/nhknews/" version="2.0"> 
<channel> 
<title>NHKニュース|科学医療</title> 
<description>日本放送協会 NHKニュース</description> 
<link>http://www3.nhk.or.jp/news/</link> 
<lastBuildDate>Mon, 13 Sep 2010 08:56:33 +0900</lastBuildDate> 
<item> 
<title>GPS補完衛星 本格運用に課題</title> 
<link>http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100912/k10013932741000.html</link> 
<guid isPermaLink="true">http://www3.nhk.or.jp/news/html/20100912/k10013932741000.html</guid> 
<pubDate>Sun, 12 Sep 2010 04:09:04 +0900</pubDate> 
<description>GPSの機能を補完しカーナビなどの性能を高める日本で初めての衛星「みちびき」が11日夜、H2Aロケットで打ち上げられました。本格運用には、少なくともあと2機の衛星が必要ですが、具体的な計画は決まっておらず、当面は利用が制限された状態での運用となります。</description> 
<nhknews:new>false</nhknews:new> 
</item>
(以下略)

インタビュアーより
自らの持つ情報を公開することにより、自らが思いもよらないアイデアを外部から募る。まさにオープン化ならではの醍醐味を得るためのチャレンジを始めたNHK報道局。内部の情報と外部のフレッシュな発想との交流は新たな化学反応を生み、「バリアフリー」という目的達成の大きなキーとなる可能性がある。バリアフリーの実現は、まず、内部と外部の間にある壁を取り払うことが第一歩となるのではなかろうか。