[後編]東証の事例はベストプラクティス 組み込みも含めた統合系が課題

システムの信頼性を高めるには、企画などの上流まで考えなければならないとおっしゃっていましたが、最近はBABOKが注目を集めています。そうした超上流まで取り組まれるのですか。

 上流に取り組むと言っても、開発サイドから伸びていったわけです。BABOKはどちらかと言うと、ユーザーサイドの視点だと思います。ですから、BABOKの領域を我々がやるつもりはありません。その成果物をいかに開発サイドが消化して、ミスマッチをなくすという立場で、やっていけばよいのではないでしょうか。

審査委員長をお引き受けいただいたIT Japan Awardで、グランプリは東京証券取引所の新株式売買システムに決まりました。信頼性向上という観点からは、どう評価されましたか。

 我々が考えている信頼性について、まさにやるべきことを実践した事例です。何と言っても要件定義の成功です。4000ページの要件定義書などを東証の責任で書き込んだということですね。つまり、ITベンダーに対して丸投げをするのではなくて、オーナーとしてやるべきことをやったことが、信頼性の高いシステムにつながったのだろうと思います。

 次の工程で必ず前工程の品質を確認していく作業をきちんと行い、最後の試験も東証の責任でやった。やるべきことをきちんとやった結果として、あれだけの品質のシステムを予定通りに作ったのは、やはり大したものです。

 東証は、事例として情報をいくらでも出すと言ってくれています。我々としても、それをベストプラクティスとして紹介していきたいと考えています。

組み込みソフトに第三者検証を

最近、トヨタ車のリコール問題など、組み込みソフトの信頼性を揺るがす出来事が頻発しています。SECとして、組み込みソフトの信頼性向上について、どのような取り組みをされていますか。

松田 晃一(まつだ・こういち)氏
写真:山田 慎二

 組み込みのソフトについては、今でも非常に品質が良く国際競争力もあると思います。ただ、開発当事者が大丈夫と言っても駄目な部分もありますから、信頼性向上の一環として「第三者検証」の仕組みを検討していきます。

 ここで言う「第三者」とは、完全に外部の人というわけではなくて、開発組織に対して検証組織を独立した形で置くということです。人員的にも独立しているし、予算的にも分離しているという意味での第三者なのです。宇宙開発のプロジェクトでは、この仕組みを使って高信頼のソフトを開発しています。第三者検証として何をどのようにやるべきかを、今年中にまとめたいと思います。

 それと、組み込みソフトと企業情報システムを一つの“系”としてとらえる「統合系」を検討します。iPodとiTunesのように、今のシステムはそういう形になっていくわけですので、両方の技術の共用化や人材の流動化を進める必要があります。今までは、組み込みソフトのなかでも製品ごとに縦割りだったのです。最近ようやく、プラットフォームを共通にしようといった話が出てきた段階です。

 組み込みソフトは、もともとハ ード設計でやってきたことをソフトに置き換えたわけですから、どうしたって縦割りにならざるを得ないところはあります。でも、どこかで発想の転換をしないと、いつまでたっても統合的なシステムはできない。当然、端末も含めた新しいサービスを発想することもできません。

 SECとしては、やはり信頼性にフォーカスしています。個別の信頼性だけを考えていては、システム全体の信頼性を保証できません。相互の関係を全体としてモデル化するなど、今年4月から取り組んでいますが、組み込みソフトと企業情報システムの技術交流や人材交流に発展することを希望しています。

ソフトウェア・エンジニアリング・センター 所長
松田 晃一(まつだ・こういち)氏
1970年3月、京都大学大学院修士課程電子工学専攻修了。同年4月、日本電信電話公社(現NTT)入社。95年3月にNTTコミュニケーション科学研究所所長、98年6月にNTT先端技術総合研究所所長を歴任。2000年6月にNTTアドバンステクノロジの代表取締役常務、06年6月にNTT-AT IPシェアリングの代表取締役社長。08年2月、情報処理推進機構のIT人材育成本部長に就任し、09年1月より現職。1946年生まれ。工学博士。

(聞き手は、木村 岳史=日経コンピュータ)