[後編]キーワードは伸縮自在、クラウドの課題は5年単位で改善される

とはいえ、先ほどの話のように、多くのユーザーは、それほど大々的に投資できる状況にもない。

 そう。だから短期的には、“実験”の時だと思っている。実験というと誤解を招くかもしれないが、要するに、明確な目標を設定した小規模なプロジェクトという意味だ。

 例えば海外、あるいは新領域での事業を立ち上げる場合に作るシステムだ。ユーザーからすると業務作りが優先。伸縮自在なビジネスモデル作りを求める。そのためには、SaaS/クラウドのコンセプトはぴったり合っている。そのとき、どうしたら低コストかつ短期でビジネスを立ち上げられるか、SaaSやPaaS、HaaS/IaaSをどう組み合わせてインフラを設計・構築するのが適切なのかを考えるわけだ。将来のためには、ベンダーやコンサルタントが言っている理想像と、自分たちがそのうちのどの部分をどう刈り取れるのかを、きちんと知っておくべき。だから小規模に始める今のうちに、たくさん実験しておくほうがいい。

クラウドにはセキュリティ面など、まだ課題も多くある。

 今のところは、確かに課題はある。ただ、5年先は分からない。例えばEコマースも、1997、8年ころはセキュリティの問題が指摘されていたし、クレジットカード番号や個人情報を入力することには抵抗があった。ところが今は、もうほぼ当たり前のようにショッピングサイトを使うようになっている。

 これと同じように、5年先には考え方が変わっているし、課題も解決されているだろう。サーバーはデータセンターに置かれ、プロがきちんと監視している。そこではアタックの防御のノウハウも蓄積される。データを分散させて持っているよりは集中管理するほうが、むしろシステムの可視性が高く安全だという考え方もある。こういう考えの下に、5年先のシステムを考えていったほうがいいだろう。

そうでないと、海外や新領域では戦えないと。

程 近智(ほど・ちかとも)氏
写真:新関 雅士

 実際、日本の企業は、それで今苦しんでいる。海外、特に新興国は総じて、セキュリティやサービス品質に対して寛容だ。だから安くて早くて強力なものをどんどん使って、ビジネスを展開してくる。日本が歩んできたメインフレーム/カスタムアプリケーションのような世代を飛び越してくるわけだ。新興国がICTで遅れているなどと思ったら、それは違う。

 そもそも現地では、製品を例えば5分の1の価格で売らなければならない。だったらICTはコストを5分の1以下にしなければいけない。柔軟にSaaS、PaaS、HaaSを使い分けていく必要がある。実際に日本の企業のなかにも、こうした視点で動き始める例が出てきた。ある大手企業は、アジア、欧米、日本で新規サービスを立ち上げるために、パブリッククラウドを使っている。

割と大手企業向けの話に聞こえるが、中堅・中小企業はどうか。

 こういう取り組みは、規模が小さく新たな事業展開を求める企業ほどやりやすい。失敗しても失うものは少ない。大切なのは、そういうことが分かるビジネスリーダーと組むこと。アジアでは、それが当たり前になっている。

 同時に、中堅・中小企業に、もっとICTを使える人材が必要になる。いま大企業に張り付いている人材を中堅中小にシフトさせれば、中堅・中小企業は従来よりも強い事業モデルを作れるはずだ。

アクセンチュア 代表取締役社長
程 近智(ほど・ちかとも)氏
1960年生まれ。神奈川県出身。1982年に米スタンフォード大学工学部を卒業し、アクセンチュアに入社。1991年に米コロンビア大学経営大学院でMBAを取得。eコマース推進コアチームリーダー、ビジネス・ローンチ・センター長などを経て2000年に戦略グループ統括パートナーに。2001年に通信業統括パートナーを兼務、2003年に通信・ハイテク本部統括本部長。2006年4月に代表取締役社長に就任、現在に至る。趣味は温泉旅行、史跡巡り、ゴルフ。好きな言葉は「人事を尽くして天命を待つ」。

(聞き手は,河井 保博=日経コミュニケーション編集長,取材日:2010年6月4日)