紙の雑誌向けデータをPDF化してiPad上で読めるようにしたコンテンツは多い。ただし、元々紙を前提にデザインされた雑誌は、当たり前だが紙で読むのがもっとも適している。そんななか、毎日新聞社が発売したiPad専用写真誌の「photoJ.」(フォトジェイドット)がiPadユーザーの間で話題だ。このphotoJ.の制作・デザインを手掛けるクロスデザインの代表取締役である黒須 信宏氏にiPad向け雑誌の制作や紙の雑誌との違いなどについて聞いた。(聞き手は大谷 晃司=日経NETWORK)

写真●クロスデザイン 代表取締役 黒須 信宏氏
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photoJ.の制作環境を教えてください。

 (米国の雑誌である)TimeのiPad版と同じシステムで作っています。オランダのWoodWing社が開発した(米Adobe SystemsのDTPソフトである)InDesignのワークフローを効率化しコンテンツを管理するためのシステムです。このシステムにInDesignのプラグインとして“デジタルマガジン”への書き出しがセットになっています。iPad版はその出力形態の一つです。

一つとはいえ、そのシステムを使うだけでiPad向けの雑誌が簡単にできるわけではないですよね。

 そうですね。iPadの画面は横表示と縦表示の両方を想定しています。縦と横で見せ方は違ってきます。というか縦と横では見え方が変わることを期待するのがユーザーの心理でしょう。変わらないとなぜ横にしたのか分からないという話になる。横は横なり、縦は縦なりの見やすさをユーザーは当然のこととして要求する、というかそういうつもりで見てしまう。それに最低限応えなければならないとなると、縦と横は別々に作らなければならないでしょう。

iPadでPDF版の雑誌などを見る場合、縦の時は1ページ、横の時は2ページ見開きで表示するものがあります。

 それはあまりよくないですね。iPadの画面のサイズに合わせて2ページくっつけちゃった、というパターンですよね。横表示の場合は高さが低くなって70%くらいの縮尺率になる。そうすると文字が読めなくなる。

 たまたま今までの紙の雑誌に「見開き」という概念があるので、横にしたときは「見開きにしちゃえばいいのでは」という考え方だと思うんです。それは多分ユーザーは望んでいない。縦は縦で見えなければいけないし、横は横で読めなければいけない。そもそも拡大しないと読めないというのは雑誌としてどうなのでしょう。iPadは縦でも横でも当たり前に読めるようにすることが要求されているデバイスだと思います。

紙を前提に作った雑誌をiPad向けにするのは無理がある?

 紙用にレイアウトしたものをそのまま持ってこようとか、それをちょっと加工すれば何とかなる、といった考えではiPad版を作るうえで無理があると思います。言いたいことや見せたいことがあってそれをiPad用に作り変えましょう、という考え方であれば全く無理がないと思います。

 よくあるケースが「紙用にInDegignのデータがあるからこれで何とかして」という場合です。でもそれはそもそも考え方からして違うと思うんですよ。こんなとき、よく大根とおでんの話をします。大根を煮込むとおでんにもなる。生の大根だったら漬物にもできる。でもいったんおでんになった大根は漬物にはなりませんよね。つまり電子化するには紙用のデータにする前のコンテンツ、「見せたいこと、言いたいこと」に戻らなければなりません。

 でもそんな当たり前のことがなぜか無視されるというか、気づかれずに「そのまま進めればいいのでは」という乗りでiPad版を作っているように見受けられます。そもそもが全然違うものであり「見せたいことがある、じゃあ最終的な出力の仕方はこれに合わせて作りましょう」という考え方じゃないとiPad用の雑誌として読まれるものにはならないと思います。