「国家プロジェクトとしての『日の丸クラウド』が必要だ」。そう訴える経済人が現れた。日本のメディア企業のなかでもいち早くグーグルの「YouTube」と提携した、角川グループホールディングスを率いる角川歴彦氏だ。クラウドこそが新産業のインフラであり、このままでは日本が「情報植民地」になると危惧する。
角川会長は「日の丸クラウド」を構築すべしと提言するために、『クラウド時代と<クール革命>』という書籍を執筆されました。クラウド時代はともかくとして、「クール革命」というのはちょっと変わった言葉ですね。
クール革命とは、「大衆革命」と呼び変えても構いません。大衆が「すごい」「カッコいい」「クール」と賞賛するモノや出来事が社会を変革するという現象を、クール革命と名付けました。
元々20世紀から、政治や社会は大衆が動かしてきました。民主主義国家では、政治が誤った方向に走り出したとしても、大衆による「チェック&バランス」が方向を修正していました。
今、インターネットの時代になって、大衆の姿が明らかに見えるようになりました。最近、一番衝撃を受けたのは、「twitter」の登場です。大衆が今、何を考えているのかが、リアルタイムで分かるようになりました。私はtwitterのことを、大衆の知恵をリアルタイムに検索できる「リアルタイム検索エンジン」だと思っています。
ネットがない時代は、大衆にアクセスする方法論はありませんでした。皆があいまいなやり方で、大衆に接していました。しかし今は、大衆が生み出す巨大な知恵「巨大知」に、twitterのようなものを通じて、誰もがリアルタイムにアクセスできます。逆に考えれば、政治に限らずすべてが大衆の知恵によって審判されるようになりました。それがクール革命です。
twitterはインフラとして、米アマゾン・ドット・コムのクラウドサービスを使っていたといいますから、クラウドがなければ、twitterも生まれませんでした。クール革命を語る上で、クラウドは避けて通れないし、クール革命という視点を抜きにクラウドを語っても意味はありません。
角川グループは、日本のメディア企業としていち早く「YouTube」と提携しました。その背景にもクール革命のような考え方があったのですか。
YouTubeに対する第一印象は、皆さんと同じです。海賊版の巣窟だと思いました。特にYouTubeでは、角川グループが得意とするアニメがすごい人気で、我々は一番の被害者だったかもしれません。
同時に、海賊版と言うだけでは語れないものをYouTubeに感じました。私はYouTubeが、「投稿動画版のコミケ(コミックマーケット)」だと直感しました。
コミケとは、素人のコミックマニアが年に二度、全国から草の根的に集まって自分たちの作品を同好の人たちに見てもらう、買ってもらうイベントです。自然発生的に生まれたイベントですが、参加者は50万人とも言われます。
ここで販売される作品のなかには、プロの作品を模倣したものも多々あります。著作権侵害としてコミケを白い目で見る大手出版社もありました。しかし角川グループは早い時期から、コミケから将来有望な作家が出てくると思って容認していました。今思えば、大衆の知恵に賭けたのです。
もしコミケを認めてYouTubeを否定したら、自分に“老い”があることになる。そう考えて角川グループは2008年6月から、一般のユーザーによってYouTubeにアップロードされた自社コンテンツを利用した広告事業を始めました。我々のアニメ映像をユーザーが勝手に改変した「MAD」と呼ばれる二次創作作品を、正式なコンテンツとして認めたのです。
YouTubeで世界中の大衆に「クール」と支持されれば、そこから世界市場にアクセスできます。そういう希望もあります。
YouTubeと提携することで、「クラウドを活用したビジネスの成功則」は見えてきましたか。
いいえ。私はクラウドを使って何をするか、という視点でビジネスを考えたことはありません。クラウドを起点に考えると、アイデアは煮詰まってしまいますよ。
しかし今、クラウドによって様々なアイデアを低コストで試せるようになったのは、とても重要です。私の問題意識で言うと「20世紀はモノを満たす時代、21世紀は心を満たす時代」と思っていました。しかし、何が「心を満たす事業」なのか、悔しいけれども分からないのです。実際に試してみて、自分の目で確認してみなければ、私は何も分かりません。
YouTubeとの提携も、まさに試してみたものの一つです。
代表取締役会長兼CEO
角川 歴彦(かどかわ・つぐひこ)氏
(聞き手は、中田 敦=日経コンピュータ)