[後編]日の丸クラウドをつくれ 稼働率はどうでもよい

どんなアイデアも、クラウドなら低コストで試せる。だからクラウドは新しい産業のインフラになる。インフラが米国勢に独占されたら日本は情報植民地になる、というのが角川会長の主張ですね。日本でも「情報大航海プロジェクト」が進められました。角川会長も委員の一人です。このプロジェクトをどう総括しますか。

 私は情報大航海を高く評価しています。しかし、議論は迷走していましたね。

 私はプロジェクトに途中から参加しましたが、その時点ですでに、ヤフーやグーグルに続く「第三世代検索エンジン」を日本から発信するというメッセージが、消えかかっていました。「新しい検索エンジンなんかできっこない」という世論が渦巻いていたからです。

 しかし私は、難しいからこそ、挑戦すべきだと訴えました。「映像と音を検索できるエンジンはどうだろうか」など、いろいろとアイデアを出したものです。

 実際にはどうだったでしょうか。「もうグーグルを追い越すのは無理だ」という意見が2007年にありました。その一方で、わずか3年間でtwitterが台頭し、巨大知のリアルタイム検索エンジンとしてグーグルを追い越しました。グーグルのエリック・シュミットCEOも「インターネットではある日突然、みんながサービスにアクセスしてくれるようになるけれども、気が付いたら誰もいなくなることがある」と語っています。つまり大衆が即座に審判を下すインターネットでは、グーグルといえど絶対的な存在ではないのです。

その理屈に従えば、わざわざ国家に頼らなくても、民間の力で「日の丸クラウド」は実現できるのではないでしょうか。

 『ブラック・スワン』(ナシーム・ニコラス・タレブ著)という書籍をご存じですか。同書では、あり得ないことが起きる国のことを「果ての国」、それ以外の国を「月並みの国」と表現します。

 米国は明らかに果ての国ですが、日本は月並みの国です。ただ待っているだけでは、グーグルやアマゾンのような企業は、日本に登場しません。

日本のどのあたりが月並みだと考えているのですか。

角川 歴彦(かどかわ・つぐひこ)氏
写真:加藤 康

 日本のITベンダーを見てください。いまだに保守点検費で食べていこうとしたり、「稼働率が99.99%でなければ、コンプライアンスとガバナンスが保てません」などと、ユーザーを恫喝したりしています。米セールスフォース・ドットコムのマーク・ベニオフCEOは違います。年間稼働率が99.7%のときでも「企業の皆さん、どんどん使ってください」と言い切っています。私たち経営者にとっては、99.99%と99.7%の違いなんて、どうでもいいことです。

 私が国家プロジェクトとしてのクラウド構築、「東雲(しののめ)クラウド」を求めるのは、NECと富士通が合併してクラウドを作るような「あり得ない」ことが起きなければ、米国や中国のような「果ての国」には、到底対抗できないと考えているからです。

それでも本当に、国営クラウドが良いものでしょうか。

 私も、国家プロジェクトとしてクラウドを構築して、すぐに上場して民営化すべきだと思います。

 ただ、クラウドに関しては、「BtoC」と「BtoB」を分けて考えるべきです。BtoCの領域では、我々がYouTubeと提携したように、国外のクラウドを使っても構いません。

 しかしBtoBは違います。企業や政府の重要な情報は、国内で管理すべきです。危機が起きたときに、最終的には国家が手をさしのべる必要があります。その重要性を、私たちはリーマン・ショック後の金融恐慌で学びました。

 国営クラウドが必要だ、という機運が盛り上がれば、国内ITベンダーも覚醒して、新しいアイデアが生まれるはず。それを期待しています。

角川グループホールディングス
代表取締役会長兼CEO

角川 歴彦(かどかわ・つぐひこ)氏
1943年9月生まれ。早稲田大学第一政経学部卒。1966年3月、角川書店(現:角川グループホールディングス)入社、2005年4月より現職。内閣官房知的財産戦略本部本部員、文化庁文化審議会臨時委員(著作権分科会)、社団法人日本経済団体連合会理事、東京大学大学院特任教授、早稲田大学客員教授、東京藝術大学大学院客員教授、神戸芸術工科大学客員教授なども務める。

(聞き手は、中田 敦=日経コンピュータ)