「政治主導」を掲げる民主党が政権を握ったことで、政策議論が変わりつつある。民間からの政策提言が相次ぎ、オープンな場での議論が活発化しているのだ。IT分野では、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科の金正勲准教授、民主党の岸本周平衆議院議員、慶應義塾大学政策・メディア研究科の夏野 剛特別招聘教授、メディアジャーナリストの津田大介氏ら民間の有志が2010年1月に「新たな時代の電波制度とメディア・コンテンツ産業の在り方に関する勉強会」を立ち上げ、6月7日に政策提言を発表した(関連記事)。勉強会の座長を務めた金准教授に、勉強会の目的や各提言の詳細、さらに政権交代による政策議論の変化などを聞いた。

(聞き手は菊池 隆裕、堀越 功=日経コミュニケーション

多岐にわたる情報通信政策の中で、「新たな時代の電波制度とメディア・コンテンツ産業の在り方に関する勉強会」(電メコン勉強会)は、なぜ電波とコンテンツ政策に重点を置いたのか。

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 金正勲准教授
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 金正勲准教授
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 この二つの分野で政策的な失敗が目立ち、実効性が欠け、民間のイノベーションを阻害してきたと考えるからだ。そこで電メコン勉強会ではこの2分野に焦点を当て、キーパーソンを集めて自由に議論した。

 例えば日本の電波政策は、経済的に有効利用を促す制度設計が十分でなかった。周波数の国際的なハーモナイゼーションを実現できず、日本固有の周波数割り当てが多かったために、日本の電波関連産業の発展を政策的に阻害した面があるのではないか。

 さらに、現在の国主導の比較審査による割り当て方法にも問題がある。技術や市場の変化が激しい電波の分野で、政府は未来に対して判断を下す最適な主体ではない。誰も将来を予見できないのであれば、少なくともオークションの導入を検討すべきだ。ほとんどのOECD諸国が周波数オークションを導入しているのに、日本がかたくなに拒否し続けるのは、日本の電波産業にとって有効ではない。欧州で第3世代携帯電話(3G)のオークションが行われた際に、どんな失敗があったのかを冷静に分析し、日本の文脈に合わせて特定の帯域で実験する時期にきているのではないか。

日本のコンテンツ政策の問題点は。

 日本社会全体に“フェアユース・スピリット”が著しく欠けている点が最大の問題点と考えている。今回の提言の中で最も重点を置いた部分だ。例えば制度的に“白”と“黒”と“グレー”の領域があるとすれば、米国は“グレー”部分については、フェアユース規定を使って当事者がリスクを取り、場合によっては司法的に問題を解決してイノベーションを進めてきた。“グレー”の中の“白”を救い出すことをフェアユース規定が果たしてきたわけだ。

 しかし、日本は“グレー”の領域は基本的に“黒”、つまり違法という扱いだ。政府が事前にすべての事態を予測して、許可を与えなかったものについてはイノベーションできない制度設計になっている。そもそもIT分野のイノベーションは予測が難しい。それにもかかわらずこのような制度設計のままでは、日本は米国をはじめとする海外と比べて圧倒的に不利になる。

 コンテンツ面でのもう一つの問題点は、コンテンツのマルチユース展開と海外市場開拓の部分だ。市場に任せて海外開拓できればよいが、それができなかったのがこの10年あまりの結果だと考えている。市場に任せるだけでは失敗するということが既に証明されているのではないか。

 そこで今回の提言では、政府が日本のコンテンツの国際展開を推進するために、ライセンス・ビジネスや法務交渉、海賊版対策などを支援するための「映像コンテンツ振興機構」を創設し、民間のイノベーションを後押しするべきとした。

 日本のコンテンツは世界でこれほど愛されているに、コンテンツ産業はずっと不況のままだ。韓国は市場規模は小さいのに、日本よりも売り上げの絶対額は大きい。日本の放送事業者やコンテンツ事業者にも、海外市場の開拓に力を入れたい気持ちはある。しかし本業が苦しくなってきているうえ、海外進出のための権利処理など雑な仕事が多く、海賊版が広がると割の合わない部分が出てくる。それを「映像コンテンツ振興機構」によって、海外進出を促そうということだ。

具体的な打開策は何か。

 日本もこれまでコンテンツに対する公的支援を進めてきたが、気概が感じられない。毎年コンテンツ関連のイベントを開催しているが、それがいくら稼いだのか少なくとも広く情報が公開されていないからだ。それでは政策の検証すらできず、外部による評価もできない。例えば韓国では取引額などを毎年オープンに示している。攻撃的にマーケティングをして実績を出している。日本も、より実効性のある政策を進め、その結果を検証する段階にきているのではないか。

 情報が広く公開されていない点では、電波政策も一緒だ。日本の電波がどのように使われているのかを広く公開することによって、外部からのモニタリングやインプットが進み、行政の透明性を高められる。もっとも電波は省益の源泉になっている部分もある。「政治主導」を訴えている民主党政権だからこそ改革できる分野だ。

ここにきて民主党政権は、周波数オークションの検討や国際的なハーモナイゼーションについて口にするようになってきた。また政府の知的財産本部も5月にコンテンツ戦略を含む「知的財産推進計画2010」をまとめている。

 民主党政権も様々な政策の方向性を言及している。しかしそれが制度の中で検討されるまでには至っていない。そこで我々のような勉強会が、具体的な制度検討を至急進めていくべきではないか。

 知財本部の議論自体は支持している。しかし網羅的な内容になりがちで、様々な課題を述べて、それをリストアップする形になる。最終的に意見調整をすると玉虫色になり、政策的な優先順位も明確に示せなくなる。

 我々も何度も議論を重ねた。しかし重要なもの以外、すべて切った。最終的に何を捨てて、何をとるのか明確にしないとすべてがうまくいかない。電メコン勉強会の提言では、政策的な優先順位が高いのは何か、どのスイッチを押すと政策目標を実現できるのかを示したつもりだ。省庁とは距離を置く識者が議論して、過激でも正しいことを提言することは、過去のプロセスはできないことだ。