Smarter HealthやSmarter Citiesでは膨大なデータの分析が必要になる。ただ,その仕組みを整えるには相当なコストがかかる。民間企業にとってはビジネスにしづらいのでは。
確かに,データの収集だけでなく分析まで手を出そうとすると,民間企業ではROI(return on investment:投下資本利益率)の問題がある。それでも先進的な企業であれば,リスクを取って参入してくる分野だと考えている。さらに,そのような先駆的な企業がきちんとビジネスを展開できたことが分かってくれば,一気に新規参入が加速するだろう。
そういう場面で,クラウド・コンピューティングの威力が出てくると考えてよいか。
そう考えていいだろう。特にクラウドの利点として大きいのは,異業種の壁を比較的簡単に超えられることだと考えている。
クラウド・コンピューティング環境にシステムを移行するには,システムやアプリケーションの部品化やインタフェースの標準化といった作業が欠かせない。その部品化と標準化ができれば,当然,業種を問わず,システムを容易に連携させられるようになる。こうした仕組みを背景として,異業種が融合すれば,これまでになかった全く新しい価値を創造できるはずだ。
実際,世の中を見回すと,今成長している分野には異業種のコラボレーションが多い。例えば液晶テレビはテレビ・メーカーだけでは作れない。ガラス・メーカーや半導体製造装置メーカーとコラボレーションして初めて製造できる。このような異業種のコラボレーションを加速させるのに,クラウドはとても有効なツールになる。
もちろん,部品化と標準化のためには,それぞれの業務の内容を深く理解しなければならないし,その連携を実現するために適切な技術やソリューションを選び出さなければならない。だから当社はクラウド時代にシステムを販売・提供する企業として,今まで以上に顧客の業務・業界に関する知識を身に付けるよう,社員に教育している。
Smarter Planetでは通信事業者も重要な役割を担うと思うが,どのようなことを期待しているか。

Smarter Planetは三つの“I”で成り立つと説明しているが,その一つは「Interconnect」(相互接続)であり,そのインフラを提供する通信事業者は重要なプレーヤだ。
ただ通信事業者はこれまで,あくまでも通信インフラの提供に特化した,専業プレーヤでしかなかった。これからSmarter Planetを実現していくうえでは,ITと通信,ITベンダーと通信事業者のコラボレーションが欠かせない。例えばSmarter Planetの一環として,IBMはマルタ島の社会インフラにスマート・グリッドを導入するプロジェクトに取り組んでいる。この事例では,水道会社,電力会社,ITベンダー,そして通信事業者が業態を超えてコラボレートすることが必要だった。このように,ITから見た通信の価値と,通信から見たITの価値を共有しなければ新しいものは生まれない。
今後,クラウド環境などを核にSmarter Planetを実現していくとして,そこでの日本企業の強みをどう考えるか。
日本企業は,環境関連など個々の要素技術については尖ったものを持っている。ただし,これらの要素を結び付け,新しいプロジェクトを仕掛ける力が弱い。
日本ブランドをデザインし,グローバルに展開するためには,誰かがリーダーとなって優れた国内技術を集約し,海外にアピールしなくてはいけない。問題は誰がそのリーダーとなるか,先陣を切るリスクを誰が負うかだ。
これまで日本は,国内の市場が大きく,そこだけで商売できていた。しかし今後は,人口が減少し市場が縮小していく。通信事業者をはじめ,各業界とも国際競争力を持って海外展開していくことを迫られるはずだ。
橋本 孝之(はしもと・たかゆき)氏
(聞き手は,河井 保博=日経コミュニケーション編集長,取材日:2010年3月4日)