[前編]「IFRSとは何か」の理解が第一 日本だけ孤立するわけにはいかない

「まずはIFRS(国際会計基準)を正しく理解することが必要。対応に手間がかかるかもしれないが、グローバル社会の中で効率化につながる」。IFRSを強制適用(アダプション)する際の課題を民間が中心になり検討するIFRS対応会議。その議長を務める財務会計基準機構理事長の萩原敏孝氏はこう強調する。

2009年7月に設立されたIFRS対応会議の狙いは。

 IFRSの採用を表明した国は世界中で100カ国を超えています。国によって歴史も違えば、慣習も文化も違う。こうしたなかで単一の会計基準に合わせていこうとすると、様々な課題が出てきます。

 特にIFRSを実際に自国で適用する段階になり、中身の詳細を理解したり、自国の会計基準とのすり合わせを考えようとしたりすると戸惑う部分もたくさんあるでしょう。

 日本では金融庁 企業会計審議会の中間報告(「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)」)のなかで、IFRSを強制適用するかどうかの最終決定は2012年に下すとしています。今年3月からは、IFRSの任意適用が認められます。

  IFRS対応会議は、日本がIFRSの導入に向けた動きを進めていく上で直面しそうな課題を特定し、解決するための作業を進めていくのが狙いです。なかでも重要なのは、IFRSを策定しコントロールしているIASB(国際会計基準審議会)に対して、「オールジャパン」として意見を発信していくことです。

 日本にとってIFRSのどの基準の適用が困難か、どこをどう修整すれば適用できるか、など日本の実情を伝えていく。会計基準の策定に日本も積極的に参画していき、日本の企業が適用可能で高品質な会計基準としていくことが大切だと考えています。

一つの物差しが効率化につながる

IFRSの採用に積極的でない企業もまだ多い。

萩原 敏孝(はぎわら・としたか)氏
写真:新関 雅士

 新しい考え方を導入するというのは誰だって抵抗感があると思います。ただ、IFRSの採用に消極的な人たちの多くは、IFRSのことをよく理解していないように見受けられます。

 日本企業のIFRSに対する反応は、大きく二つに分かれます。一つは「IFRSはグローバル社会で生きていくためのインフラ。早く採用したほうがいい」という反応。もう一つは、とにかく「IFRSは大変」というものです。

 後者の要因は様々です。ある人は作業の工数を心配し、ある人は業績に対する影響を心配している。IFRSが適用されると貸借対照表も損益計算書も変わるでしょうし、「一体全体、どんな影響があるのだろう」と漠然と考える人もいるでしょう。

 確かに、IFRSに対応するのは面倒かもしれません。それでもグローバル社会のなかで、世界で一つの物差しを使えるほうが効率がよいのは間違いありません。世界が単一の会計基準に収れんしようという国際的な潮流のなかで、日本だけが孤立するわけにもいきません。

 世界の投資家に業績を説明する際に、日本の会計基準で作成した財務諸表を基にすると「IFRSや米国会計基準ではどうなのか」と聞かれるケースがあるようです。こうした場合、IRの担当者は換算表を持ち歩いて説明しなければいけなくなります。

 当社(コマツ)は米国会計基準を採用しているので、こうした手間はかからないのですが、毎回変換しないとその企業の実態が分からないとなると、世界の投資家は将来そっぽを向いてしまうでしょう。

IFRS適用に向けて、企業はまず何をすべきか。

 「What is IFRS?」の理解が第一です。「従来と比べて何が変わるのか」に関するきちんとした知識を広めていく必要があります。経理・財務部門だけでなく、ほかの層にも「IFRSに対応すると、どのような影響があるか」を分かってもらうことが必要です。

 経営層に十分理解してもらうのも大切です。現状では「IFRSを適用する際、経営者がどう対応すべきか」という部分まで手が回っていないと思います。

 経営層にとって難問は、IFRSが原則しか示さない「プリンシプルベース(原則主義)」である点です。どのような会計処理を採用するのか、選択肢を並べたときに経営者は何を重視して選択すべきなのか。こうした点が核になるのですが、これらは今後の課題です。

 日本の会計基準は規則や解釈指針などがあって、非常に詳細に決まっている。まるでミルフィーユみたいでしょう。実務ではこうした体系からはみ出していないか、ルール違反になっていないかを考えながら財務諸表を作成している。IFRSの考え方とは異なります。

 まずはCFO(最高財務責任者)や監査人、経理部門といった実務関係者が十分に理解を深めていくことが、解決策につながるでしょう。トップがCFOや経理部長に対して「どういう選択肢があるのか」と尋ねたときに、すぐ回答できるように実務サイドの質を上げていかないと、経営層の理解が深まりません。

財務会計基準機構理事長/IFRS対応会議議長
(コマツ相談役・特別顧問)

萩原 敏孝(はぎわら・としたか)氏
1967年3月早稲田大学大学院法学研究科修了。69年12月コマツに入社。90年に取締役、95年に常務取締役、97年に専務取締役、99年に代表取締役副社長、2003年に代表取締役会長を経て、07年6月からコマツ相談役・特別顧問に就任。04年11月から現在まで財務会計基準機構理事長、 07年4月から経済同友会副代表幹事、06年12月から日比経済委員会代表世話人などを務める。1940年6月生まれの69歳。

(聞き手は、田中 淳)