2010年1月,「改正著作権法」が施行された。ブログやTwitterなどに書かれた情報を基にして個人や社会の動きを解析することや,検索エンジンが行うコンテンツの複製やストリーミング配信におけるキャッシュについて,必要と認められる限度においては権利者の許諾を必要としないことが明文化された。これにより,国内でも米グーグルのような検索サービスが可能になったほか,Webに公開されるライフログを解析する道が開けた。しかし,改正著作権法のガイドライン策定を担当した壇俊光弁護士は,今回の法改正では国内のWebビジネスを加速させるに至らないと考える。

(聞き手は中道 理=日経エレクトロニクス,羽野 三千世=ITpro

改正前の著作権法の問題点は何か。

北尻総合法律事務所 弁護士 壇 俊光 氏
北尻総合法律事務所 弁護士 壇 俊光 氏
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 著作権法をテコにして,人,企業が簡単に検挙できてしまうことだ。実際に,ビジネスの現場で著作権法の刑事事件は多い。例えば,2009年1月に発生した日本IBMの情報漏えい事件は,個人情報などが流出したことが問題だったにもかかわらず,罪状は著作権法違反だった。漏えいした情報に,著作権物が含まれていたためだ。

 また,2008年1月にコンピュータ・ウイルス「原田ウイルス」の作者が逮捕された事件も,著作権法違反での検挙だった。この事件はウイルスを提供したことが問題なのだが,実際はウイルスに添付された画像を無断でコピーしたという罪状で検挙された。

 しかも著作権法違反の法定刑は懲役10年以下と非常に厳しい。これは業務上過失致死罪の7年以下よりも重い。

改正著作権法によって,問題は解決したか。

 改正法によって,米グーグルが提供しているような従来型の検索エンジン・サービスが合法化されるなど,一定の改善はあった。しかし,すべての課題が解決したわけではない。

 改正法の問題は,まず,米国著作権法の「フェアユース」に相当するものが盛り込まれていない点だ。フェアユースとは,著作権者の許諾なく著作権物を利用しても,それが公平な利用であれば著作権侵害に当たらないという考え方だ。フェアユースが適用されないと,形式的に違法な行為はすべて犯罪になってしまう。

 日本の著作権の考え方は,すべての場合において無断利用を禁止しており,無断利用が合法になるケースは例外として定められている。一歩でも例外規定から外れると非合法となってしまう。グレーは許されない。例えば,現行の著作権法を厳密に解釈すると,弁護士が裁判所に提出するために著作権物をコピーするのは合法。しかし,どれを裁判所に提出しようか検討するためにコピーするのは非合法となる。このような,常識的に当たり前の行為はグレーとして残すべきだ。

フェアユースの考え方が導入されても,もし,裁判の過程で違法と認定されれば,懲役10年以下の懲役になってしまう。フェアユースを導入する意味がよく分からない。

 フェアユース規定ができれば,著作権法をテコにした検挙が減少する。これまで検察は,形式的に違法な行為を指摘すれば簡単に検挙できた。しかし,フェアユース規定があれば,違法とはすぐに断定できないため,検察側も簡単に立件できなくなる。著作権物の利用が公平と判断された瞬間に無罪となるためだ。

検索エンジンの仕組みが合法化されるなど,技術面では法の裏付けができた。今後,国内でWebサービスが加速するか。

 一概にそうとは言えない。改正法は,特にWebブラウザ周辺に関する規制について課題が残る。まず,過去のWebサイトを保存して公開するインターネット・アーカイブは,著作権者の許諾がない場合,違法となる。インターネットでダウンロードした著作権コンテンツをキャッシュすることは合法になったが,この場合の条件として「必要な受信行為を行わなければいけない」と定められている。つまり,著作権者の許諾なくWebサイトを保存してオフラインで閲覧する行為は違法になる。

 キャッシュやコンテンツの複製が許されるのは,「必要と認められる限度において」である。どこまでが必要な範囲であるのかは明確に定められていない。例えば,グーグルのように検索結果に画像のサムネイルを表示するサービスを国内で行ったとする。そのとき,検索結果に画像は必要なのかと問われ,必要がないと判断されたら著作権法違反になってしまう。

 しかも日本の企業が米国にサーバーをおいて運用しても,日本の法律で罰せられる。米国の企業なら大丈夫なのに,日本の企業はサービスできない。これは何か変だ。

フェアユースが導入されればすべてが解決するか。

 フェアユース以外にも「カラオケ法理」という問題がある。これは,カラオケ店で著作権者の承諾を得ずに顧客がカラオケを歌った場合,著作権法侵害の主体は,実際に歌を歌っている顧客ではなくカラオケ店側にあるという判断が最高裁判所によって下されたことに由来している。カラオケ店で店側に著作権料が発生するのは,ある意味仕方ないように思える。しかしこの理屈が,Webサービスのビジネスに広く適用されてしまっていることには問題がある。ユーザーから集めたコンテンツを提供するサイトで,ユーザーが著作権を侵害するコンテンツを投稿した場合には,サイト側が著作権侵害の主体,つまり犯罪者であるとされるからだ。

 米国では,電気通信事業者法によりインフラの提供者はコンテンツの表現者・発行者と同一視できないとされている。また,2000年の米著作権法改正により,「デジタル・ミレミアム・コピーライト・アクト(DMCA)」が規定され,著作権者の通知があった場合にコンテンツを削除すれば免責されるようになった。

 日本にもDMCAと同様の「プロバイダ責任制限法」があるが,「カラオケ法理」により効力を失っている。カラオケ法理は,事業者が提供するサービスによってユーザーが著作権侵害を犯した場合の罪責は,事業者側にあるという考え方だ。国内では広く適用されている。このカラオケ法理は,早急に見直されるべきだと考える。また,刑事事件ではWinny裁判の例のように広範に幇助(ほうじょ)での立件がなされている。これも見直さなければならない。