2010年、大きな動きが予想されるのが情報システムのクライアント分野だ。米アップルが「iPad」を発表し、タブレットパソコンが注目を集めている。スマートフォンでも米グーグルが自社ブランドのAndroid機「Nexus One」を発表するなど、動きが急だ。
 ガートナー ジャパンのクライアント技術担当アナリスト2人に、2010年の注目点を聞いた。1人めはソフトやサービス担当の針生恵理氏。多様なクライアント機器の登場と仮想化技術の進展により、各種の情報を機器ではなく個人に関連づけて、自由に持ち運べるようになると語る。一方、クライアントOS分野では、今年後半からWindows 7の企業導入が本格化すると予測。「Windows 7はWindows XPのような息の長いOSになる可能性がある」とする。

(聞き手は、玉置亮太=日経コンピュータ

写真●ガートナー ジャパン シニア アナリストの針生 恵理氏
写真●ガートナー ジャパン シニア アナリストの針生 恵理氏

ITのクライアント環境は、今後どう進化するとみているか。

 より「パーソナル」なクライアント環境を、容易に実現できるようになる。個人のアプリケーションやデータを別の場所でも引き出せたり、個人所有のパソコンで自宅の環境と会社の環境を使い分けたりできるようになる。クライアント環境そのものが一種のサービスになり、パーソナルな情報を持ち運べる仕組みが充実していくだろう。

 このような概念を、ガートナーは「ポータブル(持ち運び可能な)パーソナリティ」と呼んでいる。デスクトップ環境の設定や起動時に実行する処理、利用できるアプリケーション、Webブラウザのブックマークといった各個人の設定を、機器ではなく個人に関連づけて自由に持ち運べるようにする。

 今はパソコンと利用者が一対一の関係にある。デスクトップ設定など利用者ごとに異なる情報も、端末機器に固定されている。今後5年で、ハード、ソフト、アプリケーションを好きな場所、好きな環境で使えるようになる。ポータブルパーソナリティが現実のものになるだろう。

選択肢が多様に

そうしたクライアント環境の実現を後押しする技術は何か。

 主に二つある。一つは端末機器の進化だ。ハードウエア形態の多様化や処理性能の向上、ネットワークの通信速度の向上など、

 もう一つは仮想化技術だ。シンクライアント、デスクトップ仮想化、アプリケーション仮想化、そしてDaaS(デスクトップ・アズ・ア・サービス)などに、企業はとても高い関心を寄せている。セキュリティや管理性の向上、業務や端末の集約によるコスト削減、在宅勤務によるパンデミック対策などに有効とみている。

 半面、コスト削減を最優先する企業は、なかなか導入には踏み切れないかもしれない。依然として初期投資は大きいからだ。

 ポータブルパーソナリティを実現できる環境が充実すれば、「従業員所有PC」という管理手法を実現しやすくなる(注:会社がパソコンを一括購入して従業員に支給するのではなく、一定の資金を支給して従業員に好きなパソコンを買わせる手法。関連記事)。

 仮想化の進展に端末機器の進化が加わって、より選択肢が多様になる。ハードウエアの形態が多様になり、性能も上がる。同一の物理マシンの上で複数の仮想マシンをスムーズに動かせるだけの性能を、標準的なパソコンが備えるようになるだろう。

2011年を境にWindows 7がVistaのシェアを抜く

企業のクライアント環境については、「Windows 7」も大きなテーマになる。見通しはどうか。

 Windows 7の出荷から1年が経過する2010年の後半から、企業におけるWindows 7の導入が本格的に始まるとみている。

 ガートナーは元々、日本企業がパソコンを大量に入れ替えるサイクルを4年半と想定して、大きな波は2007年後半から2008年ころとみていた。しかし結果として、当初の想定ほどには入れ替えが起こらなかった。

 理由は三つある。一つは市販パソコンの性能が上がり、より長く使い続けられるようになったこと。二つめはWindows 7の出荷が間近に迫ってきていたこと。そして三つめは、経済環境の悪化だ。

 結果として、今でも企業パソコンの7割がWindows XPを搭載している。しかしデスクトップパソコンはともかく、ノートパソコンは3年を超えると故障率が格段に上がる。企業のパソコンは今やノートパソコンが主流。早晩、入れ替えを決断しなければならないだろう。

図●ガートナーが2009年8月に実施した、企業におけるクライアントOS移行方針
図●ガートナーが2009年8月に実施した、企業におけるクライアントOS移行方針
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 今からクライアントOSを選ぶとしたら、Windows VistaかWindows 7が現実的だ。特に今年後半以降にパソコンを入れ替える企業は、大半がWindows 7を選ぶとみている。ガートナーは2009年8月に、企業におけるクライアントOS移行方針を調査した。Windows XPを使っている企業が、Windows Vistaを飛ばしてWindows 7へ移行するという、大きな傾向が出ている()。

 調査では今年8月にはWindows 7が2割、2011年2月には3割近くがWindows 7を導入し、Windows XPの比率が急速に下がるという結果が出ている。実際にはここまで極端に推移することはないだろうが、おそらく2011年を境にWindows 7がVistaのシェアを抜くのではないか。

 マイクロソフトが過去に出荷してきた企業向けOSの中でも、Windows 7の企業導入はハイペースで進んでいる。これまでマイクロソフトは、Windows 2000とWindows Vistaで大きな変更を加え、それぞれを“シェイプアップ”したOSとしてXP、7をリリースした。XPが出荷から8年以上が経過しても7割のシェアを持っていることを考えると、Windows 7もWindows XPのような息の長いクライアントOSになる可能性がある。

するとWindows Vistaの意義は何だったのか。

 マイクロソフトにとっては大きな意味があった。ネットサービスと融合した将来のOS開発に向けた、スタート地点となるOSだからだ。

 VistaはそれまでのWindowsに比べて、内部構造のモジュール化を大きく進めた。マイクロソフトは今のようにOSを何年に1回の割合で大きくバージョンアップするのではなく、機能をモジュールにして細かく更新できるようにするか、一部をネットサービスとして提供する方式へ、OSを作り替えていくだろう。Vistaは、その第一歩と言える。