[後編]設備だけの会社の効率は悪い,そこにイノベーションは起こらない

2009年11月に公開した「NTTグループの取り組み」では,上位レイヤーのサービス像がだいぶ絞れてきたように見える。

 まだ十分ではないと思っているが,スピードを重視して,できることはどんどんやるつもりだ。

 例えば教育では「N-Academy」(NTTナレッジ・スクウェアが提供するネットスクール)を始めた。ただ本来なら,ICTで学校の教育ビジネス全体までを手がけなくてはいけないと考えている。

ホームICT分野では,2009年11月にNECなどとトライアルの発表をしたなど,動きが具体化している。

 家庭内の情報化はスマートグリッド(ICTを駆使した送電網の実現に向けた構想。家庭内ネットワークとの連携も視野にある)も含めて,今後,議論が進む。基本的には家庭内のネットワークに情報機器以外にも家電などがつながるようになり,セキュリティやヘルスチェック(状態監視),管理といった機能が求められる。さらにネットワーク越しに家庭内の状況をチェックしたり,機器を操作するというニーズがある。

 ここでポイントになるのがホーム・ゲートウエイ(HGW)だ。端末に機能を追加するときには,ネットワーク経由でファームウエアをバージョンアップするだけで済ませたいという要望がある。その時にHGWが中心的な役割を果たす。トライアルではこのあたりを特に検証する。

 ホームICTは,保守や相談,コンサルティングなどを含め,NTT東西の地域に密着した事業の核の一つになると考えている。月額500円でパソコンなどに関する相談に応じるリモート・サポート・サービスが急速に普及したことからも,家庭内の機器の利用で困っている人が多いと実感できた。

2009年にICT業界を席巻したクラウド・コンピューティングについて,2010年はどうなると見ているか。

 もう大きな流れになった。現在のPaaS(platform as a service)やHaaS(Hはhardware)に当たるクラウドの発想は昔からあったが,仮想化技術の進化などでサービスが本格化している。

 クラウドに対するNTTグループの一番の強みは,全国のいろいろな場所にデータ・センターや固定網を持っていること。どこかのセンターがダウンしても,途中の回線が切れても,ほかで代替できるという柔軟性がある。

 データ・センターによる電力消費という環境面の問題にも,NTTファシリティーズを中心に強みを持っている。さらに仮想化技術や暗号化技術は,研究所がしっかり押さえている。最近ではNTTコムとNTTデータがSaaS(Sはsoftware)で共通基盤を発表した。グループをトータルで見たときに,クラウドで力を発揮できる立場にいるはずだ。

クラウドでも信頼性の高いネットワークと連携させるなど,サービス品質を高めようとする動きがある。

三浦 惺(みうら・さとし)氏
写真:的野 弘路

 そのためには,将来のネットワーク・コストや電力確保の問題など,考えなくてはいけないことがたくさんある。

 例えば米国では州ごとに電力の料金が大きく異なり,停電もある。そのため我々はバッテリーを確保し,別のデータ・センターへ切り替える仕組みを完備している。こうした面が評価され,品質を認知され始めている。

 NTTコムの子会社であるNTTアメリカは「Twitter」のホスティングを請け負っている。同サービスでは“システムダウンが10分の1に減った”とか“システム増設の際にあったシステムダウンが一度もない”という評価を受け,サービスレベルの高さが米国でも話題になっている。

2010年にはNTTが加入電話網の移行について概括的展望を公開する予定だ。

 細かいところをどこまで出せるかというのが問題なので,“概括的”という言い方をしている。まずIPへのマイグレーションの問題を整理する。

 加入電話網では,光ファイバが行きわたっていないエリアでは,当面はメタルを何らかの形で収容していく。光があるエリアでは光をメタルとして収容するのか,そのまま光で電話サービスを含めて提供していくのかについて,コストを計算をしている。NTTで整理が終わったら総務省などの考えを聞きながら2010年度内にまとめていく。

公開ヒアリングでは,他事業者がNTTから光部門を切り離してほしいと主張した。

 我々の主張は今までと変わっていない。何のためにこれまで設備競争をしてきたかということと,ネットワークをサービスと切り離したときにコントロールが難しくなるということだ。

 ヒアリングで,ある委員が“NTTが光を独占しているからイノベーションが起こらない”と発言したが,我々は見方が違う。NTTがダーク・ファイバを貸すという前提があって,それを何本に分けて,どういう機器を入れて,どういうサービスをするかというところにイノベーションがあるはずだ。以前光ファイバの8分岐回線を1分岐単位で開放するという議論があったが,世界を見渡しても光をアンバンドルしている国がない中,細分化した提供はあり得ない。

構造分離をすべきとの指摘には,どう答えるか。

 欧州で構造分離を取り入れた例があるが,いったん手をつけると元には戻せないので慎重にするべきだ。私に言わせれば,設備だけ持ってサービスを持たない会社は,投資インセンティブは働かないし,企業としての性格を持てなくなる。イノベーションが起こらずに,結果として効率が悪い会社になってしまう。

 英国ではBTが機能分離をしたが,ADSLの競争は進展したものの,光の展開は遅れている。(国費によって全国レベルのインフラ整備に着手した)ニュージーランドやオーストラリアでは,ADSLさえ進んでいない。

 しかも日本には,NTTの光以外に,KDDIや電力系通信事業者が持つ光ファイバがある。構造分離したときにこれをどうするかという問題もある。

 2010年には総務省の言う100%ブロードバンド化を達成できる。こうした時だからこそ,構造分離の議論をするのはナンセンスだと思う。

NTT 代表取締役社長
三浦 惺(みうら・さとし)氏
1944年生まれ。広島県出身。67年に東京大学法学部を卒業し,日本電信電話公社(現NTT)に入社。96年取締役人事部長,98年常務取締役人事労働部長などを経て,99年7月に東日本電信電話(NTT東日本)の代表取締役副社長に就任。2002年6月にNTT東日本の代表取締役社長。2005年6月にNTT代表取締役副社長中期経営戦略推進室長,2007年6月にNTT代表取締役社長に就任(現職)。趣味は旅行,ウォーキング,山登り。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2009年12月11日)