2009年9月24日にiPhone用アプリ「セカイカメラ」がApp Storeで配信開始となった。現実世界の映像にデジタル情報を重ね合わせて表示するという拡張現実(AR:augmented reality)を具体化したコンセプトは以前から公開されており,多くのユーザーから注目を集めていた。セカイカメラは配信開始後から無料アプリのダウンロード・ランキングで,長く1位を維持し続けている。同アプリを開発した井口CEOに,配信後に見えてきたセカイカメラの可能性と今後の方針を聞いた。

(聞き手は松元 英樹=日経コミュニケーション

セカイカメラがApp Storeで配信開始となり,多くのユーザーが街中にエアタグを記録している。

頓智・(とんちどっと)CEOの井口 尊仁氏
頓智・(とんちどっと)CEOの井口 尊仁氏
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 App Storeで配信を開始してから4日で10万ダウンロードに到達した。想定していたよりも圧倒的に大きな反響だった。その結果として“事件”ともいうべき,さまざまな現象が起きている。

 秋葉原では「姉ヶ崎...」(ゲームに登場するキャラクタの名前)というエアタグが大量に作られて,ネット上で話題となっている(関連記事)。秋葉原の店頭には,このエアタグを真似たリアル・エアタグが並んでいる。まさか現実世界にまで,エアタグが波及するとは思わなかった。

 「姉ヶ崎...」のユーザーは,自分にノルマを課して千葉県の姉ヶ崎市などでも同様のエアタグを張り付けているようだ。ここまで来ると,メディア・アートととらえてもいい。大量に書き込む行為はテロリズムなどと言われるが,フィルタをかければ実用上はそれほど害はないはずだ。

 ほかにも“事件”はある。セカイカメラが公開されたその日に,あるユーザーのお子さんが生まれた。そのユーザーは,かわいい娘がここで生まれたというエアタグをセカイカメラで残した。今後は成長の記録をセカイカメラで残していくという。昔だったら,子供が生まれたら写真のアルバムやビデオテープで記録していた。そうした記憶を,クラウド上に残すという人々の考え方や行動に大きな変化が起きている。

セカイカメラの画面
セカイカメラの画面
さまざまなユーザーが記録したエアタグが並ぶ。

 セカイカメラをカー・ナビゲーションのように車内で利用している様子の動画をYouTubeにアップしているユーザーもいる。徒歩の移動速度を想定して開発したが,車での移動時でもエアタグが追従している様子が見える。人々が記録したエアタグが画面に流れる様子を見ていると,街中の人々の生活感や息づかいが画面上に具現化しているように見えて面白い。

 通常のカー・ナビは,いわゆる地図情報のみだが,セカイカメラはその場所で起きた歴史的な出来事や,その場で友達や家族が感じたことなど人間の興味の観点が見える。従来のナビゲーションとはまったく違う形になり得る。

セカイカメラを利用することで,どのような利便性が提供できるのか。

 セカイカメラで体験できることは,その場所の映像とサーバーからの情報を重ね合わせて知覚するという,まったく新しい現実感覚。一方的に,こう利用するべきと押し付けることはしない。ユーザーには新しい体験作りに参加してほしい。

 例えば,あるコミュニティの中では,週末にあるテーマパークの中でセカイカメラのエアタグを自主的に張ろうという動きがあるという。アトラクションの混み具合,トイレの場所,オムツが替えられる場所など,ユーザー自身が創意工夫し,ウィキ的な要素を持つエアタグを加えていくという。今後も,ユーザーの手によって,ボトムアップ的に現実空間の中に情報を構築されていくだろう。

コミュニケーション・ツールとしてどう発展していくのか。

 数年前に新たなコミュニケーション・ツールとして注目を浴びた3次元仮想空間の「セカンドライフ」は,ユーザー同士が同じ時間に利用していないとコミュニケーションできないという難点があった。その点「Twitter」や「ニコニコ動画」はほかのユーザーと時間を合わせる必要はなく,非同期に同じ興味や感覚を持った人々とコメントのやり取りができる。

 セカイカメラも,ほかのユーザーと時間を越えて同じ興味を共有できるツールだ。例えば,あるユーザーは近所の野良猫がいる場所で「かわいい」とエアタグを付けた。それに対して別のユーザーが「ちょっと迷惑」とコメントを返した。最近の街中では,近所に住んでいる人と会話をするケースは少ない。セカイカメラを使えば,時間を超え,空間を通じてコミュニケーションできる。

 エアタグを遠くに飛ばすエアシャウトという機能もある。この機能を使って,喫茶店に向かって「席が空いていますか」とタグを飛ばすと誰かが返信してくれる,自分の好きなサッカーチームのスタジアムに「勝ってる?」と飛ばすと誰かが試合の状況を返してくれるといった利用方法が考えられる。すなわち,実空間を使って,今まで接点のなかった人たちとアドホック(1対1で)にコミュニケーションが営める。