要件定義の品質向上は可能 BABOKで開発トラブルは減る

カナダにある国際非営利団体の日本支部の代表理事として、業務分析に必要な知識を体系立てたBABOK(Business Analysis Body of Knowledge)の普及と啓蒙に取り組む。BABOKは、システム開発プロジェクトの要である、“超上流”工程の在り方を変革するものだ。普及が進めば、とかく難航しがちなシステム開発プロジェクトの姿が変わると信じる。

改めてBABOKとは何かについてお伺いします。

 ビジネスのニーズを識別し、問題を解決するビジネスアナリシス(BA)に求められるタスクと知識、テクニックを体系化したものです。BAの専門家であるビジネスアナリストに必要な知識を、記述したものと言い換えることもできます。

 カナダのIIBA(International Institute of Business Analysis)という国際非営利団体がBABOKを策定しており、今年3月にバージョン2.0が公表されました。現在、このバージョンの日本語化を進めている最中です。

BABOKは、システム開発のトラブルを減らすのに役立つといわれ、注目が集まっています。

 多くのシステム開発プロジェクトが、要件定義が原因でトラブルに陥っています。要求を正確に分析できないので、要件を定義できないのです。

 システムを開発する企業が、きちんと要求を分析できるようになればいいのですが、簡単ではありません。だから、“超上流”といわれる工程が重視されるようになりました。BABOKにまとめた知識を備えた人間が、きちんとBAを実施すれば、要求分析の質が高まるのです。

要求分析、あるいは要件定義の問題は長年にわたって指摘されてきました。要求工学などを含め、いろいろな対策が登場しています。BABOKの特徴はどこにあるのですか。

 BABOKは、実務のなかで一般に受け入れられているBAに必要な知識を、汎用的に適用できる形で記述したものです。マニュアルや方法論ではありません。

 システム開発プロジェクトの失敗を減らすために有用だと思いますが、内容自体はITの分野に限定されたものとは違います。プロジェクトの規模や内容に関係なく適用できるものです。

BABOKは、システムを発注する企業向けのものなのですか。

 契約社会である欧米では、要件定義は確かに、システムを発注する企業が担当しています。しかし日本では実態として、ソリューションプロバイダが要件定義を主導していることが少なくありません。

BABOKは、具体的にはどういった体系になっているのでしょうか。

 ビジネスアナリシスの計画と監視、エンタープライズアナリシス、引き出し、要求分析、ソリューションのアセスメントと妥当性確認、要求マネジメントとコミュニケーション、そして基礎能力の七つの知識エリアがあります。関連するアクティビティ、タスク、これらを効果的に支援するスキルを加え、全体を構成します。

3月に公表されたバージョン2.0で、どれくらい内容が変わったのでしょうか。

 知識エリアの内容を大幅に見直し、名称を変更しています。未完成だった記述部分も掲載しました。各知識エリアの記述事項を、タスク、インプット、アウトプット、テクニック、ステークホルダー、エレメントで統一したのも2.0からです。ほかにもいくつかの変更点があります。

BABOKはどういった人々に向けてまとめられたものですか。

福嶋 義弘(ふくしま よしひろ)氏
写真・柳生 貴也

 BAに興味を持つすべての人です。BAの専門家であるビジネスアナリストやその関係者はもちろん、プロジェクトマネジャーや企業の経営層にも役立つでしょう。

 「さまざまなビジネスプロセス、ポリシー、情報システムへの要求を引き出し、分析し、コミュニケーションを取り、妥当性を確認するために、ステークホルダー間をつなぐ役目を果たす」。少し固い言い回しですが、BAの専門家であるビジネスアナリストについて、BABOKではこう表現していました。

 経営とITのコミュニケーションを橋渡しする人だということもできます。


ソリューションプロバイダに限定すると、どういった役職が相当するのでしょうか。

 BABOK自体は知識について記したもので、特定の職種を定義するものではありません。

 今の日本で、ビジネスアナリストを抱える企業はまずないでしょう。実際には、営業担当者やコンサルタント、システムアナリスト、プロジェクトマネジャー、開発者、品質保証アナリストなど、さまざまな立場の専門家がBAに携わっています。

システム開発に役立つ知識を体系化したものとしては、PMBOK(Project Management Body of Knowledge)が有名です。

 PMBOKは、BAではなくプロジェクトマネジメントに必要な知識をまとめたものです。団体と認定資格のあり方には、似ている点がありますね。

 BABOKのIIBAに当たるのがPMBOKでは、米国のPMI(Project Management Institute)になります。PMBOKのPMPのように、BABOKには、CBAP(Certified Business Analysis Professional)という認定資格がある。

 ただしIIBAの会員数は、世界で1万人ほどです。PMIに比べるとまだはるかに少ない。

IIBA本体は急成長しているそうです。

 昨年末時点の会員数は7000人ほどでした。ここにきて、会員数の増加ペースが上がってきているのは確かです。

 既に世界に100を超す支部がありますが、希望しているのに認定されていない地域もあります。支部がもっと増えるのは間違いありません。

IIBA日本支部の状況についてお聞かせ下さい。

 日本でのBAとBABOKの普及、推進、育成を目的としており、代表理事が1人、理事が9人、監事が1人の体制で現在は運営しています。設立は2008年12月23日でした。IIBAが80番目に認定した支部になります。

 個人会員からと法人スポンサーの年会費で運営しており、法人スポンサーの社数は現在、10社を超えています。会員数は、7月末の時点で約150人程度に増えました。

福嶋さんのご参加のきっかけは?

 2008年4月に設立準備室を開設し、40人ほどが集まって準備を進めたのです。日本システムアナリスト協会やITコーディネータ協会、富士ゼロックス総合教育研究所などの有志などが参加していました。

 私もその40人の一人だったのです。選挙の結果、代表理事になりました。

今後は、どのような活動を展開してくのですか。

 今年は、日本語化したBABOKのバージョン2.0を書籍の形で出版するつもりです。近々の予定なのですが、IIBA本部との最終的な契約が終了していないので、日程はまだ確定していません。

 米国では、英語版を書籍にしたものを、60ドル程度で販売しています。日本でも同じ程度の価格で、販売できればいいと考えています。

 東京と大阪ではCBAPを受験できるのですが、問題が英語だけなのです。日本語で受験できるようにします。

 今も1カ月に1度の割合でセミナーを開いているのですが、普及のための少し大きなイベントも開催したいですね。国内での事例を紹介できるようになりたい。

CBAPは何人くらいが取得しているのですか。

 2009年5月の時点で、557人です。残念ながら日本での取得者はまだいません。

IIBA日本支部 代表理事
福嶋 義弘(ふくしま よしひろ)氏
1978年、日本電気ソフトウェア(現・NECソフト)に入社し、基本ソフト(コンパイラ)の開発を手掛ける。86年に教育部門へ異動、それ以降は教育や人材育成業務を担当し、現在はITトレーニングセンターセンター長。2008年12月のIIBA日本支部の発足から、代表理事を務める。

(聞き手は,中村 建助=日経ソリューションビジネス編集長,取材日:2009年7月31日)