モバイル・ブロードバンドに特化して,この分野をいち早く切り開いてきたイー・モバイルが,7月下旬にHSPA+サービスを開始した。モバイルWiMAXや次世代PHS(XGP)など競合サービスが増えてきた一方で,LTE(long term evolution)などの高速化技術の導入も視野に入れている。今後の展開を社長兼COOのエリック・ガン氏に聞いた。
7月下旬から下り最大21.6Mビット/秒のHSPA+サービスを開始した。
携帯電話の技術を使って21Mビット/秒の速度のサービスを商用化するのは,世界でも最初ではないか。ようやくADSLに匹敵するサービスをモバイル環境で実現できるようになった。ハイ・エンドのユーザーにアピールできるはずだ。
UQコミュニケーションズが7月にモバイルWiMAXの商用化をスタートするなど,数十メガ・クラスの高速サービスが始まっている。
2.5GHz帯の免許を受けた事業者のほか,MVNO(仮想移動体通信事業者)の形で,モバイル・ブロードバンド市場に参入する事業者も相次いでいる。この市場がこれから大きく成長するという期待の表れだろう。
この市場は,現在の固定ブロードバンドと同じ3000万加入程度まで広がると個人的に予測している。
モバイル・ブロードバンド・サービスの競争のポイントは何か。
速度を上げたり,最も安い料金を出したりすれば売れるという単純な構図ではない。パソコンとのセット販売などユーザーへのアプローチや,アフターケア,エリアの整備など,フル・パッケージでの対応が求められる。これを踏まえたマーケティングが勝負のポイントになる。
我々のポリシーは,モバイルでもユーザーに固定通信と同等の環境を提供し,できるだけ制限の少ない形でサービスを利用してもらうことだ。
ただし10月から,月に300Gバイト以上のトラフィックを発生させている一部のユーザーを制限する計画だ。これはほかのユーザーに対して迷惑をかけないようにするためだ。
NTTドコモはデータ通信サービスで,利用できるプロトコルを制限している。このスタンスは我々と大きく異なる。
モバイル・ブロードバンド市場で最もライバル視しているのは。

NTTドコモが最も怖い。資金と人材,技術を一番持っているからだ。ドコモがLTEに移行すると,我々の最大の競合相手になる。モバイルWiMAXを提供するUQコミュニケーションズやXGPを予定するウィルコムは,連合したほうが互いの強みを出せるはずだ。
ただこの市場は大きいため,敗者は現れないだろう。全体のマーケットをどれだけ大きくできるのかが鍵だ。
私はこの市場で500万加入は取れると考えている。将来はデータ通信全体の30%超のシェアを取り,モバイル・ブロードバンドの最大手になることが当面の目標だ。
音声通話サービスはどう考えているか。
音声を利用できる端末も販売したが,本命はデータ通信だ。
現在,イー・モバイルで音声端末を契約するユーザーは,全体の10%以下。この中にはスマートフォン端末も含んでいる。全社の音声通話トラフィックは本当に少ない。
他社のサービスで音声端末は一人1台までほぼ行きわたったため,市場の伸びしろは少ない。その半面,データ通信市場は,スマートフォンとデータ通信カードのどちらも大きく広がる。
イー・モバイルが目指すビジネスモデルはどのようなものか。
我々は通信サービスそのものを売っている。
道路に例えると,広い高速道路を作り,ETCカードの仕組みを用意して,料金を安くし,外車や日本車,軽自動車などあらゆるクルマに自由に走ってもらうモデルだ。自社でアミューズメント施設を作るのではなく,ユーザーは自由にどこへ行っても良いようにする。つまらないビジネスモデルかもしれないが,通信は電力や鉄道と同じユーティリティととらえている。
実際にはデータ通信カードを売るが,パソコンは作らない。これまでの携帯電話事業者が,電話端末を中心にサービスを売ってきたのとは異なるモデルだ。
今後は付加価値サービスを追加していくことも検討している。具体的には,操作が分からない子供や高齢者でも電話一本で解決できるサポートやウイルス対策などのこと。ヘビーユーザーだけではなく,幅広いユーザーがターゲットと考えているからだ。
エリック・ガン 氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2009年7月13日)