[後編]NGNありきのIPv6対策は考え直すべき,ISPは大きな曲がり角

現在の,IPv6マルチプレフィックス問題をどう見ているか。

 IPv4アドレスの枯渇まであと2年以内といった期限を切って,NTT東西のNGN(次世代ネットワーク)を使うことで,早く決着させようという動きには反対している。

 期限内に対応するならコストなどの面を考えてNGNしかないという考え方は,拙速であり同調できない。現在提案されている案のほかにも,ほかの手段も考えられるはずだ。

現在検討が進んでいる案2と案4をどう評価しているのか。

 案2はNAT(network adress translation)を使う構成に問題がある。しかもコストが高すぎる。

 NGNはNTTが独自に作ったネットワークなのに,IPv6対応のためにかかったコストを料金に転嫁されるのでは,ISPにはたまらない。コストを下げられないか,検討する余地があるはずだ。

 案4では,NGN側でアドレスをすべて管理するものだ。ただこの方式でやれば,NTT東西がISPとなり,従来のISPは販売代理店と同じ構造になる。それでも良いというISPがいるかもしれないが,今のところ大手ISPはみんな態度を保留している。

 インターネット・インフラはオープンなネットワークでやるべき,というのが私のスタンスだ。閉域網であるNTT東西のNGNが,インターネットのインフラのベースになることには反対だ。

つまり案2も案4も,両方よくないという意味か?

 そうではなくて,どういう方式が最適なのかじっくり検討しようという意味だ。一部には日本がIPv6対策で先行すれば,世界にも貢献できるという狙いがあるようだが,だからといって性急に進めるのはよくない。

 世界同時不況の影響もあり,IPv4アドレス枯渇までの期限はどんどん延びるだろう。しかも,アドレスの枯渇はいっぺんに起こるわけではない。米国でもこの問題はほとんど話題に上っていない。

 もちろん私にも枯渇問題は常に頭にある。対策が進むのを止めたいわけでなはい。だから次にどうするべきかは,NTT東西だけでなく,NTTコミュニケーションズ,KDDI,JAIPA(日本インターネットプロバイダー協会)など関係する事業者たちと一緒に考えなくてはならない。

 既に一部のユーザー企業が独自にIPv6への対応を始めている。しかしこれを性急に進めると,将来に禍根を残すことになるだろう。

それではどうするのが良いのか。

鈴木 幸一(すずき・こういち)氏
写真:的野 弘路

 落としどころの案の議論が進んでいるようだが,私はいったん白紙にしようと提案している。ほかのISPや通信事業者が乗らないことを,強硬に進めても仕方がないだろう。

 IPv6への対応は,NGNの利用と別個に考えるべき問題だ。NGNありきというやり方は考え直してほしい。

 インターネットのサービスを作ったのは通信事業者でもISPでもない。例えば,インターネットには「Google Voice」や「Skype」などの電話サービスが登場してきた。こうしたユーザーが作ってきた様々な使い方に柔軟に対応するインフラが必要と考えている。

 昔の電話はサービスの形態から全部,インフラを持っている通信事業者が作ってきた。その考え方から,NGNは閉域網ですべてのパケットを管理しようとする。しかしこのNGNをみんなが使うことを前提にするのは,インフラ提供者として問題だと思う。NTTは,ほかの事業者が使いやすいインタフェースを構築すれば,光ファイバのインフラが成長するというモデルを描けるはずだ。

 IPv6対応については,僕らは何年も考えてきた。間違いないのは,インターネットのオープンなネットワークでしかIPv6に対応できないこと。この問題は,総務省もバランス感覚を持って対応してもらいたい。

ISPはこれからどういう道を進むのか。

 前から言われていたことだが,ISPが大きな曲がり角を迎えていることは確かだ。大手のIPSごとに収益構造や戦略などに違いが見えているが,今後それぞれがどうするかを考えるときに来ている。

 海外では,クラウド型のサービスがどんどん出てきている。ただクラウドは膨大な投資が要るし,技術的な問題を抱えている。ユーザーがデータをすべてサーバー上に置くことに対する抵抗感もある。

 そうはいっても,日本でああいうサービスが一つもないのもおかしなことだ。これらの開発にISPが力を合わせるという展開はある。

IIJはこれから何をするか。

 IIJは自分たちのクオリティを守れるように,バックボーンを強化して提供していく。かつては個人向けサービスを提供していたが,インターネット接続が価格競争になったときに手を引いた。価格競争をやっても勝てないと判断したからだ。

 しかしMVNOの立場でワイヤレスを扱うようになって,個人向けのサービスに興味がわいてきた。例えばインターネットを使う個人ユーザーが問題に直面したときに,これまで企業向けに作ってきたサービスを転用できれば面白い。

 こうした考えから現在,中小企業向けのサービスを検討している。情報システム部門を持っていない企業に,気軽に高機能のサービスを選んで使ってもらえる仕組みを考えている。

インターネットイニシアティブ(IIJ)代表取締役社長
鈴木 幸一(すずき・こういち)氏
1946年9月3日神奈川県横浜市生まれ。72年3月早稲田大学文学部卒業。同年4月,日本能率協会入社。インダストリアル・エンジニアリング,新規事業開発などを担当。92年12月,インターネットイニシアティブ企画を創立し取締役に。94年4月,インターネットイニシアティブ代表取締役社長に就任。趣味は読書,お酒,ゴルフ,音楽鑑賞。毎年,上野で開催される音楽祭「東京のオペラの森」では実行委員長を務める。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2009年4月8日)