「様々なベンダーがプライベート・クラウド、すなわち社内に構築されたクラウド・コンピューティング環境のソリューションを発表している。だが、あまりに複雑でうんざりしている」---。米ガートナーでITサービスとアウトソーシングのコンサルティングを担当するベン・プリング氏はこう語る。プリング氏に真意を聞いた。(聞き手は、中田 敦=日経コンピュータ)

企業にとってクラウド・コンピューティングのメリットは何か。

米ガートナーのベン・プリング氏
米ガートナーのベン・プリング氏

 自動車を購入するか、リースするかに例えると分かりやすい。米国では私もそうだが、自動車をリースする消費者がとても多い。10年間同じ車を使い続けるならリースするよりも購入した方が安いが、リースなら3年ごとに新しい車を利用できる。消費者がリースを選ぶのは費用面で有利だからではなく、別の理由があるからだ。

 クラウド・コンピューティングも同じだ。クラウドの世界では、あるサービスを利用してそれが自社に合わなければ、すぐに別のサービスに切り替えられる。このような機動性の良さこそが、クラウドの利点だと考えている。

「プライベート・クラウド」のようなアイデアはどうか。

 逆に聞きたいが、プライベート・クラウドをどう定義しているのか?

Amazon EC2のようなパブリック・クラウドに顧客企業からVPNで接続することを「プライベート・クラウド」と呼ぶベンダーもあるが、「企業の社内に構築するクラウド・コンピューティング環境」だと、とらえている。

 私も同じ意見だ。パブリック・クラウドとプライベート・クラウドは、インターネットとイントラネットの関係と等しい。外部にあるクラウドにVPNで接続せよというアイデアがプライベート・クラウドだとは思っていない。

複雑なソリューションは魅力に欠ける

 ただ、「社内にクラウド・コンピューティング環境を作る」というソリューションは、あまりに複雑で、よく理解できない。うんざりしているのが正直なところだ。

 ASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)が10年後に、SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)と名前を変えてなぜ普及したのか。Saasがシンプルだからだ。複雑なソリューションは理解が難しく、既に何千というアプリケーションや何百人というスタッフを管理しているCIO(最高情報責任者)にとって、全く魅力がない。

 プライベート・クラウドには、規模の経済が働かないという問題もある。クラウド・コンピューティングは、規模の経済が働くことによって、ユーザーが安価に使えることも重要だ。社内にクラウドを作ったからといって、アマゾンやグーグル、セールスフォースと同じことができるわけはない。

クラウド・コンピューティングの普及を受けて、ITベンダーの垂直統合(ハードウエアからソフトウエアまでを統合的に提供する)戦略が加速するという見方がある。

 システムのすべての要素が垂直に統合されることはあり得ないだろう。Amazon EC2を利用している大企業も、重要なアプリケーションを稼働しているわけではない。ベータ・プロジェクトなどにEC2を使っているに過ぎない。

 大企業は何百人もの開発スタッフを抱え、動きはとても遅い。ハードウエア、ミドルウエア、アプリケーションといった各要素がそれぞれ独立したサービスとなり、各サービスを自由に組み合わせられるようになるのが、3~5年後のITの姿だと考えている。

とは言え、オラクルがサン・マイクロシステムズの買収に動いた。ユーザーが様々なコンポーネントを選択してシステムを組み上げるオープンシステムの時代は終わってしまうのでは?

 オープンシステムと言うが、どれほど「オープン」だったのだろうか。オープンAPIやオープンソリューション、相互運用性といった言葉は、常に単なる夢でしかなかった。オラクルは、これまでも顧客を壁で囲まれた庭に囲い込もうとする「ガーデンモデル」を貫いており、何か変化があったわけではない。

 大企業のシステムはどう頑張っても、今後もヘテロジニアス(異機種混在)なシステムにならざるを得ない。システム・インテグレーションは必要とされ続けるだろう。顧客が変化を恐れる必要はない。

 加えて、垂直統合が必ずしもうまく行くとは限らない。ITの世界でイノベーションは常に、垂直統合ではなく水平分業から飛び出してきた。その代表格が他でもないオラクルだ。水平分業がもたらすイノベーションが垂直統合を脅かすというシナリオは変わらないだろう。