![[前編]現在のARは初期のWebに相当,多くのビジネスが集う生態系に](tit_interview.jpg)
拡張現実(AR,augmented reality)サービスの「セカイカメラ」を,ソフトバンクテレコムと共同で2月に公開した頓智・(とんちどっと)。今年の夏前に米アップルの「App Store」を通じ,iPhone向けにアプリケーションを配布する。ARを実用化レベルまで進めて見せた同社だが,携帯電話で動くARサービスは今後大きな競争の波にさらされそう。その勝算を井口社長に聞いた。
サービス名はなぜ「セカイカメラ」で,社名は「頓智・」なのか。
セカイカメラは,世界を丸ごと扱えるカメラという意味だ。大学生のころにプログラミングを学んでいて,ある瞬間に“世界の人間の思念は演算可能なんだ”と直感的にひらめいた。このインスピレーションが原点にあり,世界は多様な見え方によって演算されていて,人それぞれの視点があるという「世界観」を表現している。
社名にはこの世界観を込めようとして悩んだ。我々は博士号を持つような人材や豊富な設備などを持っているわけではない。としたときに,「頓智」だと思い付いた。これは発想の逆転であり,追い詰められたときに生き残るために発想するアイデアのことだ。
社名の後ろについているドットは,ライプニッツの単子論(モナドロジー)の考え方から。人間が持っているオルタナティブな思念,その一個一個が世界の中心というところから付けた。
発想の逆転は,セカイカメラのサービスにどう生かされているのか。
セカイカメラは,位置情報と方向情報ですべてを解決しようとしているが,その中身は“頓智の嵐”だ。

セカイカメラは,電子コンパス(地磁気センサー)を持たないiPhoneで動作する。ユーザーが方向を変えたらトラッキングできないし,厳密な表示もできない。このため「エアタグ」(編集部注:実映像にオーバーレイされるアイコン。リンク情報などを持ち,クリックすると情報の閲覧などができる)は,ぷかーっと浮いているように見える。このレベルなら現在のデバイスの能力やソフトの実装でも実現できる。
このエアタグを使って“エアキャラクタ”や,“エア看板”という仕組みを作ってみたところ,企業やコンシューマが面白いと言ってくれた。日本の通信事業者やメーカーは,サービスをがっちり組み上げるという考え方をする。これに対して,我々はユーザーに楽しんでもらえる仕掛けを優先した。
現在は3~5%程度の実現度というが,最終的にどういう世界を目指しているか。
2億~3億ユーザー程度の規模を目指している。インターネットにつながるモバイル機器で,一般のユーザーが生活を楽しむ中で,基礎となるプラットフォームにしていきたい。
現在のARは,ティム・バーナーズ=リーがWorld Wide Webの規格を作り,HTMLやURL,Webブラウザやサーバー・ソフトが整備されている段階と言える。
いずれは「Amazon」や「eBay」,「You Tube」,「Facebook」,「Google」に当たるものがそこに集ってくる。そういう非常に大きい生態系を持つプラットフォームを目指している。
セカイカメラの発想はいつごろからか。
製品アイデアは長い間温めてており,2008年1月時点はセカイカメラというハードウエアを作ろうと思っていた。その後,iPhone 3Gが日本でも出るという話になり,これを使おうとなった。iPhoneはデバイスとしての優秀性や,ユーザー・インタフェースの良さ,アプリケーションを配信する世界規模のプラットフォームを備えていたからだ。
具体的なイメージになったのは,5月ころ岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)の赤松正行教授と話していたときのことだ。現実のオブジェクトをタグで囲むと,逃げるとか,恥ずかしがるとか,迫ってくるとか,落ち着かないといった3次元の表現ができるという話になった。それから1カ月後の6月には,赤松教授がプロトタイプを作っていた。
ビジネスのアプローチはあるか。
国内ではキャラクタ関連企業,ゲーム・メーカー,地図メーカー,放送局などからある。海外の大手メディア会社をはじめ多数の引き合いがある。
ほかにもシンガポールの案件がある。面積が狭い一方で,アジアのハブであるこの地にエアタグを浮かせられれば,セカイカメラの世界初のショーケースにできるかもしれない。
井口 尊仁(いぐち・たかひと)氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2009年3月6日)