〈特別寄稿〉久夛良木 健氏からの手紙 「PS3が創るリアルタイム・コンピューティングの未来」

ソニー・コンピュータエンタテインメントは、2006年11月11日、次世代ゲーム機「プレイステーション3」を発売する。6年半ぶりに刷新される新しいプラットフォームは、高性能なプロセッサを備えるだけでなく、ネットワーク接続を前提に設計されている。プレイステーション産みの親である久夛良木健氏は、「いずれ、世界中のプレイステーション3が相互につながり、双方向にアクセスが可能なリアルタイム・コンピューティング・システムを実現する」と未来を予見する。

(構成:ITpro)


東京ゲームショウ2006

 ゲーム・プラットフォームは、世代を追うごとに一段と高速化が進む。今や、20年前の8ビット・ゲーム機に比べて動作周波数で4桁、総演算性能で5桁、総メモリ容量は6桁も向上するところまで進歩を遂げた。子供のための玩具という領域を超え、特定の機能・性能に限れば、最先端のパソコンやデジタル家電をも凌駕している。「プレイステーション3」の映像を、12年前に発売した「プレイステーション」の映像と比較すれば、この12年間の技術進歩の目覚ましさに驚くことだろう。

 ゲーム機の最も重要な特徴の一つが「リアルタイム性」と「リアル・レスポンス性」の追求にある。これが他の電子機器や情報システムと決定的な違いを生み出す。中でも、ユーザー・インタフェースとなるコントローラの進化は、特筆に値する。確実で高速な入力操作を要求されるゲーム・コントローラは、操作ボタンが少ないながらも、直感的で多彩な入力操作の実現するために、継続的に改良が施されている。

 コントローラの操作に即応するためにも、ゲーム機本体は瞬時にあらゆる演算を実行し、結果を計算しなければならない。様々な最新のソフトウエア技術や最先端のマイクロプロセッサ、そして半導体デバイス群が、最新のゲーム・プラットフォームに惜しげもなく投入されてきたのである。広大なバス・バンド幅の追求、並列演算処理、マルチスレッド制御、複雑で高度な同期・調停(アービトレーション)機能、パイプライン処理の最適化など、最新ゲーム・プラットフォームは常に、最先端技術へのチャレンジの場でもあった。これに対して、メインフレーム・コンピュータの機能を徹底して小型化してきたパソコンが、今や巨大なOSを導入するに至り、その代償として従前の快適なリアルタイム性を失ってきた。こうしたパソコンの流れと、ゲーム機の進化の歴史は一線を画するのである。

巨大な演算処理と無限のストレージを実現

 ここに来て今、コンピューティングの世界で目覚ましいブレークスルーが起ころうとしている。計算機能やデータベース機能といった、コンピュータ・システムの基幹部分を思い切ってネットワークの向こう側に置き、その資源に多くのユーザーがネットワーク経由でアクセスするというコンピューティング・スタイルが生まれつつある。

 これは、10年ほど前に米Oracle社が提唱した「NC(ネットワーク・コンピュータ)」のコンセプトと共通点がある。当時はいかんせん、ネットワーク接続の速度が遅かったことと、コンピュータ自体の処理能力不足が原因で、このコンセプトが普及するには至らなかった。しかし現在は、ネットワークの急速な進歩に加えて、マイクロプロセッサの高速化・メモリの大容量化を背景に、コンセプトが現実味を帯びつつある。単体のコンピュータではおおよそ実現不可能な巨大な演算処理や、ほぼ無限といってもよいほどのストレージ要領を、ネットワーク経由でアクセスすることが可能になろうとしている。

 こうしたコンピューティングの世界が実現されれば、システムの安定度が一段と高まるだろう。常に最新のセキュリティ保護技術に守られ、ユーザーは安心して貴重なデータを預けることができるようになる。プログラムのバージョン管理も一元的に行うことにより、コンピューティング環境が常に最新の状況に保たれる。ネットワーク上に集積された巨大なサーバー群と大容量データベース、そして、それらの中から瞬く間に情報を探し出す強力な検索エンジンの登場によって、ユーザーはネットワーク経由でありながら、あたかも手元でスーパーコンピュータを占有しているかのような利便さを味わうことができる。パソコンのみならず携帯電話も、こうしたネットワークの恩恵を受けられるようになったのである。