ITは水と同じで必要不可欠 効果の「見える化」に意味はない

「生きていくのに水が必要なように、経営にとってITは不可欠」。豊田通商の清水順三社長はこう断言する。同社は2007年度までに150億円のIT投資を実施。その後の5年間で250億円超をつぎ込む。メインフレームならハードウエアまでわかると話す清水社長は「ITに投資対効果を求める時代ではない。景気後退時でもIT投資は継続する」と強調する。

5年間で総額250億円超という積極的なIT投資を計画されています。

 必要だから投資する。それだけです。

 ひと昔前に「大うそIT」というのがありました。ITを使うと何人削減できるとか、紙が何枚減りますと言っていたやつです。投資対効果を「見える化」して、投資の判断基準にしていた。今でもそういうことをおっしゃる方は意外と多いようです。

 「それは間違っている」と言ったら言い過ぎかもしれませんが、もう効果がどうのこうのという時代ではない。だってITがなければ仕事ができないのですから。確かにITを使い始めたころは人間の仕事を機械化していたため、「何人減ります」でよかった。でも今は、ITでなければできないことをやっている。その部分を人で置き換えられるかというと、絶対に置き換えられない。そんな仕事をITが担っているのです。

「IT投資が凍結できる」は誤解

 決算が1週間早まったときの効果は、金額に換算していくらになるのでしょうか。決算の結果を出すのが1週間遅れれば、その分、手を打つのが遅くなる。この効果を莫大だと思うか、意味がないととらえるか。経営トップの考え方だけだと思います。

 数年前まで、前月の結果は半月たたないと見られなかった。今や数日後に確認できる会社が結構ある。それはITがあるからこそです。どこの会社だって、ITによってそれなりの情報の速度になっているから、タイミングよく経営判断ができています。

 世の中の流れが速くなり、意思決定を含めて経営にスピードが求められるようになりました。経営トップは様々な情報をタイムリーに入手し、キャッチアップしなければなりません。ITが果たしている役割を正しく理解していれば「効果がない」なんて言うわけがありません。

とはいえ、経済環境は急速に悪化しています。予定していたIT投資を凍結する企業もあります。

清水 順三(しみず・じゅんぞう) 氏
写真:早川 俊昭

 ITを巡る環境の悪さは理解しています。当社のグループにも他社のシステム化のお手伝いをしている企業がありますから。その会社の売り上げはかなり厳しい状況になりつつあります。

 ただ、景気が悪くなったからIT投資を削減できるというのはちょっとおかしい。そこに誤解がないだろうか。まだ動くパソコンを入れ替える予定だったが1年延期する、ならわかります。でも、そうしたもの以外で削減できるというのには違和感がある。それまでのITに対するお金の使い方がよほど変だったか、数年たってからひどい目に遭うかのどちらかでしょう。ビジネスに必要なIT投資を止めるといった節約は、すべきではありません。

 率直に言って当社のITは進んでいるほうではありません。ですから、IT投資を続けざるを得ないのです。

水や安全と同様に感謝していない

 私が当社に来た8年前、ITに関していえばひどい状態でした。社内ニーズを御用聞きして外部に丸投げする部署はあったけど、それではシステム部門ではないですね。業界内で相当遅れていました。

 そこで2年後(の2003年)に150億円のIT投資をすると取締役会で言ったら、皆びっくりした。当然のように「効果はどれだけあるのか」と聞かれました。そんなことを言っているから遅れていたのに。僕は「今これだけのお金をかけなければ(当社は)死ぬ。だからやるんだ」と答えました。世間のペースに遅れないようにITを活用しなければ乗り遅れてしまう。だからITに投資すると。

 連結グループ全体の決算を5営業日で出すと言ったとき、周囲はできないと思った。でも、ITを使えばできる。逆にITを使って実現しなければ生き残れません。

そうしたITは、あって当たり前というわけですね。

 そうです。水とか空気とかと一緒。僕はITを、経営の必要条件だと考えています。十分条件だとは思いませんが、必要条件である以上、ITの投資対効果は測れません。

 経営をするうえでITがなかったら生きていけないのに、ITに感謝している人が少ないのも事実。その意味でも水と同じかもしれません。かつて日本人は水と安全はタダだと思っていると指摘されました。それと一緒ということです。これではIT部門は気の毒です。縁の下の力持ちなのに認められないのですから。

豊田通商 取締役社長
清水 順三(しみず・じゅんぞう) 氏
1970年3月、京都大学法学部を卒業し、同年4月トヨタ自動車販売(現トヨタ自動車)に入社。93年1月トヨタ・モーター・コーポレーション・オーストラリア(T.M.C.A)へ出向。97年8月、トヨタ自動車社内で若い世代向けの商品開発などを手がける「バーチャル・ベンチャー・カンパニー(VVC)」が設立され、初代プレジデントに就く。2001年1月に豊田通商へ移り、同年6月に取締役就任。02年常務取締役、04年専務取締役を経て05年6月から現職。1946年11月生まれの62歳。愛媛県出身。

(聞き手は,小原 忍=日経コンピュータ副編集長)