キヤノン電子を数年で高収益体質に一変させたことで知られる酒巻久 代表取締役社長は、今回の経済危機を「恐慌」だと言い切る。モノが売れなくなることを前提にいち早く体質改善を進めてきた同社は、この危機を乗り越え再び成長するために、どんな業務改革やIT活用に取り組んでいくのか。酒巻社長に話を聞いた。
(聞き手は多田 和市=コンピュータ・ネットワーク局 編集委員、「経営とIT新潮流」編集長)

あのトヨタが赤字に転落するなど、「100年に一度」といわれる金融・経済危機の現状をどう見ていますか。

キヤノン電子の酒巻久社長
キヤノン電子の酒巻久社長
写真:後藤 究

 「100年に一度」ということは、何をしていいか誰も分からないということでしょう。私自身、親会社のキヤノンに入社してから不況の波を4回くらい経験していますが、今までは不況といっても、どこかの国では売れたり、販売手法を変えれば売れたりしたものでした。売り上げが落ちたといっても、せいぜい10%くらいしか落ちなかったんですね。

 しかし今回は違います。衣料や薬品といった一部の例外はあるものの、どの業界でも、とにかくモノが売れない。これはもはや不況ではなく恐慌です。

 当社は、ITバブルが崩壊した2001~2002年ごろに、売り上げがわずか半年で200億円減った経験があります。実は、そのころのような不況が来るのではないかという兆候を、一昨年ぐらいから感じていました。今回の恐慌は当時よりもひどいですが、モノが売れないという状況は非常によく似ています。

今後は本当に強い会社、本当に効率的な会社しか生き残っていけないのではないでしょうか。企業の大淘汰、業界の大再編が起こるとお考えですか。

 間違いなく、大淘汰、大再編の時代がやって来ます。

 既に半導体業界では始まっており、欧州の大手企業が倒産しました。これは半導体企業が悪いのではなく、我々のようなメーカーが半導体を買わなくなったことが問題なんですけどね。

 景気が悪くなると、一番末端の小さな部品を納めている企業から倒れていくものです。まず半導体、次にコンデンサー類と、だんだん大きい部品の業界に波及していきます。当社は部品と最終製品の両方を扱っていますが、部品部門はかなり痛手を被っています。

 一方で、当社も含め、最終製品を扱う企業は、2009年の前半くらいまでは問題なく生き残れると考えています。いま抱えている在庫を販売していれば、とりあえず利益が出ますから。しかし、在庫がなくなった時点で製品が売れなければ、いよいよ本格的な生存競争になります。年内には、資金がショートする企業が多数出てくる可能性があります。

頼りの産油国も失速、世界中でモノが売れなくなった

キヤノン電子の2008年第4四半期(10~12月)の連結業績は、前年同期比で売上高が20.4%減、営業利益が68.1%減と落ち込みました。2009年の業績も、かなり厳しく見ていますか。

 2009年の売り上げは、最悪の場合、半減すると見ています。ベストシナリオでも3割は落ち込むでしょう。例年だと、1月の売り上げはほかの月に比べて高めに出るものなのですが、今年は全然ダメですね。

 昨年、当社は米国市場の低迷を見込んで、ターゲット市場を米国から産油国へシフトしました。ところが、10月くらいから産油国でも売れなくなり、2009年は年初からさっぱりです。米国、欧州、中国でも売れない。国内の状況はもっと悪い。これでは売り上げが出るわけがないですよね。

そうした厳しい状況でビジネスを展開していくために、キヤノン電子はどんな具体策を考えているのでしょう。

写真:後藤 究

 これからは、モノが売れないという前提でビジネスを考えなければなりません。具体的には、売り上げが50%落ちた状態でも黒字を出せるように、“積極的な経費削減”に取り組んでいきます。

 まず必要なのは、投資の内容を見極めること。単に投資を減らすのではありません。案件ごとに、その投資が本当に将来必要なものかどうかを改めて検討し、無駄な投資は削り、必要な投資は守ります。

 次に、抜本的な生産性の向上です。実は、ITバブル崩壊時のような不況がやって来ることを見越して、当社は一昨年から、計画的に生産性向上のための体質改善を進めてきました。派遣社員や契約社員の仕事を、段階的に正社員に移してきたのです。

 これまで派遣社員や契約社員が200人で行っていた仕事を、正社員なら何人でやれるかというシミュレーションを行った結果、半数の100人でできることが分かりました。長年訓練を受けてきた正社員のほうが、生産性が高いのは当たり前ですからね。

 それから8カ月で、さらに生産性を2倍にして、正社員50人でこなせるようにしました。200人の仕事を4分の1の人数でできるようにしたわけです。これまで事業の伸びを派遣社員や契約社員がカバーしてくれたわけですが、現在ではすべての業務を正社員でカバーしています。ですから当社には、2008年の暮れから派遣社員や契約社員はいません。

 こうした取り組みの結果、現在では月商50億円、つまり年間の売り上げが600億円でも利益を出せる体質になりました。2008年の連結売り上げは1149億円でしたが、年間734億円の売り上げで黒字を出した2002年の体質まで戻したことになります。