郵政省(現総務省)を退官後も,民間の立場から通信・放送政策に積極的にかかわる慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の中村伊知哉教授。2008年10月には有力企業と共にモバイル・ビジネス市場拡大を目的とした民間団体「オープンモバイルコンソーシアム」を立ち上げた。中村氏に今後の通信・放送分野の展望を聞いた。
オープンモバイルコンソーシアム(OMC)とはどんな活動をする組織か。
通信事業者主体ではなく,コンテンツ・プロバイダやユーザー企業側が主体となってモバイル・ビジネスを設計することを目的に立ち上げた。立ち上げに参加した企業は,花王,サントリー,ジェーシービー,全日本空輸,日本コカ・コーラ,本田技研工業,ディー・エヌ・エーなどだ。
携帯電話事業者の垂直統合型ビジネスモデルは,これまで有効に機能してきた。しかしiモードが登場してもう少しで10年がたち,産業全体に飽和感が出ている。同時に非公式コンテンツの存在感も増している。モバイル業界をいっそう発展させるには,垂直統合以外のモデルも作った方がよい。
例えばコンソーシアムでは,携帯電話事業者が持つ認証・課金の部分を他事業者が連携できるように関係者に働きかける。コンソーシアムにはジェーシービーなど認証・課金のプラットフォームを持つ企業も参加しているため,自分たちでプラットフォームのビジネスモデルを作ることも進めたい。
同時にモバイルビジネスの前提となる視聴率の調査も進める。これらは総務省が運営してきた「通信プラットフォーム研究会」の方向性と合致する面があり,立ち上げの時にオブザーバとして総務省にも来てもらった。今後も密接に情報を交換していく。
コンソーシアムに参加する企業は,モバイルを事業の中核に据えて活用したい考えを持っている。各社とも非常に熱心だ。
事業の中核とは具体的にはどんな形か。
例えば企業からは,電波を使ってスーパーの値札を全国一斉に変えたいというニーズが寄せられている。私はディスプレイやプロジェクタなどに広告や情報を表示するデジタル・サイネージのコンソーシアムにもかかわっている。ここでも同じように業務の一環として新しいメディアを使いこなしたい企業の要望の多さを感じている。
放送や通信というメディアは,広告や宣伝コンテンツ,エンタテインメントを流すだけの手段と思われがちだ。しかし企業が業務そのものに使いたいと考え始めている。最近ではこちらにビジネスの芽があると感じている。
通信業界が約15兆円,コンテンツ市場が約14兆円。合計すると約30兆円の市場になる。市場の融合によって全体が活性化し,拡大することが望ましいが,そうはなっていない。日本のGDPである約500兆円のもっと大きな割合が,この市場で生まれる設計をする時期が来ている。
市場が融合したとしても,例えばテレビとネットで広告費を取り合っているだけでは意味がない。その点デジタル・サイネージなどはこれまでにない新しいメディアだ。それならば,利害が衝突するプレーヤ間でもWin-Winの関係を築ける。
OMCはいつまでにどんな結論を出すつもりか。
ゴールは固めていないが,2009年度には実証実験などを進めていきたい。
例えば民間主導で,通信事業者とは別のプラットフォームを立ち上げて,そこでビジネスの実験を進めていくやり方がある。そこまでしなくても通信事業者の認証課金の仕組みと連携することで,新しいビジネスを展開する道もあるだろう。各社の要望を集め,提言としてまとめる考えも持っている。
通信事業者もビジネスを広げようとプラットフォームの重要性を認識している。しかし多様なビジネスを発展させるという面では,必ずしもうまくいっていない。
それはいわば,自分たちのビジネスの範囲にこもりがちな通信事業者のDNAがあるからではないか。
その点,今回OMCに集まった企業はいずれもグローバル展開を見据えた企業だ。自分たちのビジネスをどのようにグローバルに広げていくのかよく考えている。
通信事業者もこれからはグローバルな視点が求められる。これまでの垂直統合だけの内向きモデルでは上手くいかない。コンソーシアムで世界に通用するプラットフォームやコンテンツ・ビジネスを作れれば,通信事業者ともWin-Winになる。
さらにはモバイルビジネスの構造が,米アップルの「iPhone」や米グーグルの「Android」の登場でオープン化へと向かいつつある。通信事業者も考えなければならない時期に来ている。
>>後編
中村 伊知哉(なかむら・いちや)氏
(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年11月25日)