つぎはぎだらけのIPから発想を転換すべき

情報通信研究機構(NICT)は,「新世代ネットワーク」(NWGN:new generation network)と呼ぶ新しいネットワーク技術の開発を進めている。NGN(次世代ネットワーク)の次を目指し,2016年以降の実用化を予定している。インターネットやNGNの基礎になっているIPにこだわらず,最適なアーキテクチャを一から作り上げるNWGNの狙いは何か。宮原理事長に聞いた。

NGNの商用サービスは今年始まったばかりだが,その次を目指す「新世代ネットワーク」(NWGN)とはどのようなものか。

 インターネットやNGNで使われているIPは,データを伝送する目的で作られた。そこに対して,音声や映像を伝送したいという要求が増えてきた。そうした機能をIPベースのネットワークに持たせるため,パッチを当てるように,いろいろなソフトウエアやハードウエアを追加していった。

 10年後,20年後のトラフィックは,何十万倍,何百万倍と増える。そうしたとき,今のつぎはぎだらけのIPネットワークでは持たないだろう。そこで白紙の状態から考えた新しいネットワークが必要になる。それがNWGNだ。

 「白紙の状態から考える」と言うと,IPを全否定するのかという声が上がるが,そうではない。IPの素晴らしい特徴によって今のインターネットが発展したわけだから,IPの良いところはNWGNに取り入れられていくだろう。

新世代ネットワークの最大のポイントはどこだと考えればよいのか。

宮原 秀夫(みやはら・ひでお)氏
写真:的野 弘路

 本当に厳格なQoS(quality of service)制御の実現,そして本当の意味でのセキュリティの確保──という二つだ。QoSとセキュリティを考えると,IPは非常に脆弱だ。

 例えばIPのネットワークでは,メッセージの遅延の上限を抑えられない。ネットワーク運用ポリシーが異なるインターネット接続事業者(ISP)によって構成されているインターネットの構造にも弱点がある。遠隔地からメッセージを送るときに,間に様々なISPが入るからだ。同じIPアーキテクチャに準拠していても,ISPごとに運用ポリシーが違うため,エンド・エンドのQoSを一定に保つのは不可能と言ってよい。

 遅延の上限を抑え,情報を一定時間以内に届けるという要求は,これからたくさん出てくる。例えば災害時の緊急連絡。IPTVもそうだ。

NTTが始めたNGNでも,QoSを保証して,セキュリティも維持する方針を打ち出している。

 それはNGNのQoSが本当に厳密かどうかという話だ。ユーザーが満足する程度にゆらぎを抑えられる程度に過ぎない。今のトラフィック状況なら既存のIP技術で実現できる。「DiffServ」や「IntServ」といったIP用のQoS技術を使えばよい。

 だが,トラフィックが十万倍,百万倍と増えてくると,そうした技術では間に合わない。今のIPを使ったQoSとは,交換ノードでプライオリティ制御をしている。例えるなら,たくさん車がゲートに入ってきたときに,救急車は早く通してやるものだ。だが救急車が何台も来たら,優先するにも限度がくる。

パケット網と回線交換,その両方の良いところをうまく採り入れるということか。

 そうだ。私は30年ほど前に「インテグレーテッド・スイッチ」という,回線交換とパケット交換の両方を使い分けるという論文をいくつか出したことがあった。そのときは光の技術がほとんどなかったため実現できなかった。

 しかし最近は光の技術が成熟してきた。その一つが「光パス」。波長多重を使って,エンド・ツー・エンドで特定の光の波長を割り当ててしまう。ある意味での回線交換を実現したことになる。そのパスを使うときだけ設定して,要らなくなったらすぐ切る。このような速い回線交換が理想なのだ。これなら,ユーザーが「これからHDTVの映像を送る」とリクエストした瞬間に,すぐにパイプを用意してくれる。

>>後編 

情報通信研究機構(NICT) 理事長
宮原 秀夫(みやはら・ひでお)氏
1943年生まれ。72年大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻博士課程修了。87年大阪大学大型計算機センター教授,89年大阪大学基礎工学部教授。大型計算機センター長,基礎工学部長,留学生センター長,大学院情報科学研究科長を経て,2003年から2007年まで大阪大学総長。2007年9月,情報通信研究機構(NICT)の理事長に就任。趣味はゴルフ。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年10月8日)