[後編]クラウドとAndroidは一体となって進歩する

>>前編 

Android端末はネットワークの中でどのような使われ方をするか。

 Android端末は,クラウド・コンピューティングのサービスを受け取るためのビューワとなる。クライアントとなる機器はパソコンから携帯機器へと主力が移りつつあるが,その背景には,携帯機器の性能の飛躍的な向上がある。

 今までのエンタープライズのシステムは,サーバー側は米IBM,米オラクルといったベンダーが占め,クライアント側は圧倒的に米マイクロソフトのプラットフォームが強かった。つまりサーバーとクライアントで違うプレーヤがすみ分けていた。

 その均衡が,クラウドでは崩れる可能性がある。クラウドでは,サーバー側の地位が相対的に低くなり,逆にクライアント側の地位を高めることになるはずだ。

 現在のWebアプリケーションでは,クライアント側はWebブラウザの機能しか使っていない。クラウドが提供するサービスでは,クライアントの能力を結び合わせたRIA(rich internet application)を展開する可能性が残されている。Androidの普及によって,端末側で各種のサービスをマッシュアップするという変化が進行するはずだ。クラウドとAndroidは一体となって進歩していくだろう。

 Android端末の登場と同期するように,クラウド・コンピューティングの環境も整備されつつある。例えば,グーグルはそのサービスを提供するため,既に世界中に膨大な数のサーバーを設置している。マイクロソフトもグーグルに対抗するため「ソフトウエア+サービス」という新たな方向性を示し,サーバーを増やしている。

 マイクロソフトはデータベースのサービスをクラウドで展開する「SSDS」(SQL server data service)の提供を予定しており,ベータ版を公開している。米アマゾンのSimpleDBやグーグルのApp Engineと同種のものだ。

クラウド環境では端末側の処理が軽くなるだろうと考えている人も多い。

丸山 不二夫(まるやま・ふじお)氏
写真:的野 弘路

 それは違う。Androidは決してシン・クライアント向けのものではなく,むしろ処理は重い。一種のパソコンと考えてもいい。Androidの開発手法に触れて個人的に一番驚いたことは,データベースを操作するためのSQLを端末から当たり前のように発行させること。端末の中にもサーバー側にもデータベースを持ち,複数のサービスをマッシュアップして表示する。これは端末側にパワーがないと実現できない。

 処理能力の低いシン・クライアントでは,カメラやGPS(全地球測位システム)など各種センサーの情報を統合してクラウドに上げることも難しくなる。端末は重武装になり,日本の携帯電話に近い形にもなるだろう。もちろん,日本の携帯電話の弱点であった海外展開しにくいという点は改善される。

Androidを家電などに組み込むという考え方は,NTT東西がNGNで目指しているネットワーク端末拡大の方針に重なる。

 とはいえ,ネットワーク事業者はフラットなインフラを提供し,その上に複数の企業がビジネスを展開するという形態の方がよいのではないか。

 単なる“土管屋”にならない方法を探るのであれば,ネットワークの品質を高めるだけではなくて,ネットワークが提供するサービスを自身が提供する。つまり,通信事業者がクラウドを作り,サービスを提供するべきだ。

 単一の日本企業がグーグルやマイクロソフトのインフラの力に追いくことは難しい。それでも対抗の可能性は残されているのではないか。例えば,米アカマイは拡張可能なネットワークをクラウドの中に構築し,コンテンツの配信サービスを提供している。事業者がそうしたサービスを展開することも考えられる。

これまでは,携帯事業者がセキュリティ面を担保してきた。Androidではセキュリティ対策をどうするか。

 携帯電話事業者の人にも「Androidではセキュリティをどうするんだ,無法状態になるだろう」と聞かれることが多い。やはりセキュリティは無視できないため,複数の解を用意しながら進んで行きたい。

 例えば日立ソフトウェアエンジニアリングは,AndroidにセキュアOSの「SELinux」を実装するという取り組みをしている。こうした対策を作り浸透させることで,複数の中から開発者が選択できる環境を整えるべきだ。

「日本Androidの会」ではどのような活動を目指していくのか。

 単なるオープンソースの研究会ではなく,参加者のビジネスを成功に導きたい。当面はAndroidの有料アプリケーションを流通させるためのiPhoneの「App Store」のようなマーケットプレースを作ろうという動きがある。

 当然,世界展開ができないと,クラウドやAndroidのメリットを生かせない。一つのアイデアとしては「100ドルAndroid端末」のような製品を発展途上国の展開することも考えられる。100ドルPCという構想があったが,いまや子供にコンピュータを教育するのであれば,ネットワーク抜きの機器はあり得ない。

 子供たちにAndroidでITを教える教材を作ることは意義があるし,グローバルな市場形成や普及にもつながっていくはずだ。

早稲田大学大学院 情報生産システム研究科 客員教授 日本Androidの会 会長
丸山 不二夫(まるやま・ふじお)氏
1948年生まれ。東京大学教育学部教育学科卒業,一橋大学大学院社会学研究科博士課程学位取得。1987年から稚内北星学園短期大学教授。2000年より稚内北星学園大学学長を務め,最新のソフトウエア開発を中心としたIT教育を実践した。2004年には社会人のIT技術者を対象とした稚内北星学園大学のサテライト校を東京・秋葉原に設置する。2007年に稚内北星学園大学学長を辞して現職。れい明期からJavaの普及に貢献。「日本 Javaユーザグループ」の会長でもある。2008年9月には「日本Androidの会」の会長に就任した。クラウド・コンピューティングの研究にも従事している。

(聞き手は,松本 敏明=日経コミュニケーション編集長,取材日:2008年8月22日)